電脳世界、電脳犯罪。
説明が多いです。むしろ説明文の方が多い……
読みづらくて申し訳ない。一応理解しなくても作品は楽しんでいただける……はずです。
電脳平行世界、【サイバーグラウンド】と呼ばれる世界が発見されたのは50年ほども前のこと。
同一の空間に存在し、しかし平行し続ける世界。その世界に人間の体をチューニングできるようになったのが、20年ほど前である。
チューニングとは、ズレを修正すること。現実世界と電脳世界との間のズレを修正し、現実世界の存在を電脳世界に存在させる技術だ。その際、チューニングを施した存在は現実世界から“消えた”ように見える。現実世界サイドからは電脳世界の景色を見られないことが原因で起こる、これも一種のズレである。
当初は巨大な装置が必要だったが、今では小型化に小型化を重ね、世間一般に出回っているある物とと同じサイズにすることが、更には“それ”に機能だけを搭載することが可能になった。
それが、携帯電話である。
いわゆるスマートフォンと呼ばれる携帯電話にチューニング機能を搭載するのが主流であるが、今では一部の要望に応えて電話機能、メール機能とチューニング機能だけを搭載したガラケー型のものも販売されている。
ケータイによるチューニングが可能になった当初、一般人の電脳化は特に規制されていなかった。しかし、あまりにも多い犯罪行為、トラブルに政府は電脳法と俗に呼ばれる法律の制定によって事態を収拾させようとした。
結果として、電脳世界での犯罪は激減した。チューニング機能に規制を掛けて一般人の電脳化を禁止したことが、大きな要因であった。
だが、電脳法は政府も予想していなかった展開を引き起こした。
電脳世界の犯罪のプロ化である。
電脳世界では、現実世界と違う部分が多々ある。例えば、身体能力の向上などである。要因としては電脳世界に於ける人間は【意識体】と呼ばれる意識だけの存在になり、その体を動かすのは脳から発せられる電気信号のみ。基本的に筋肉や骨と言った、肉体的な制約を受けないのだ。
つまり、脳内で【考えたこと】がそのまま【現実になる】。
その特性を利用した技術として、【イマジネ】というものがある。
脳内で物体を想像し、それを具現化する行為、または具現化したモノを指してイマジネと呼び、今では高校の授業等でもこの技術を学ぶほど、電脳世界に於いて必須の技術である。
電脳犯罪者はそのイマジネ等を巧みに操り、犯罪を起こす。
そんなプロフェッショナルと化した犯罪者に対抗すべく、政府によって設立された対電脳犯罪組織――
「――それが私たちが所属する組織、【アンチブレイン】よ」
暗い部屋。
部屋に窓はなく、北側には巨大なスクリーン・モニター、白い長テーブルと椅子が等間隔に設置されている。
学校の視聴覚室のような造りの部屋の電灯は全て消灯され、部屋を照らすはスクリーン・モニターの放つ白い光だけ。
そのスクリーン・モニターの前に立って長い授業を行なっていた女性の合図で、部屋に灯りが点けられる。パッと明るくなった部屋に眼を細めたのは、最前列の席に座っている、学生服を着た黒髪の少年。
「…………あのさぁ、」
少年は眼を細めたまま、手に持っていた資料を整頓している女性に向かって気怠そうな声を掛ける。
「何かしら?」
視線を手元の方へ向けたまま、女性は同性の平均と比べてやや低い声でそう応えた。
薄い赤茶色の髪をアップに纏め、白いワイシャツとタイトスカートの上に白衣を纏う女性は、名を八坂 涼子と言う。【アンチブレイン】主任研究員であり、指導員でもある彼女に向かって、少年――――獅子原 レオは不機嫌全開の声で文句を垂らした。
「そんぐらい、もう知ってんだけど。」
「でしょうね。アンチブレインに入る時の研修でも同じことを話したもの。」
などと嘯く八坂は、資料をクリップで纏めて教卓に放ると漸くレオと視線を合わせた。
「だから、この講義は貴方へのお仕置き、兼改めて意識してもらう為のものよ。自分が法秩序を“護る”側だっていうことを、ね。」
「センセー質問があるんですけど、」
ふざけて手を挙げるレオの発言を、八坂は目線で許可した。レオが学生服、八坂が白衣を着ているからか、普通に教師と生徒のようだった。
「お仕置きって、俺、何かしたか?」
「……先日、」本気で思い当たる節がない、という顔で尋ねてきたレオに本気でため息を吐いてから、八坂は腕を組みながら話し始めた。
「都内で起きた不正電脳化、及び違法プログラム使用の事件は覚えているでしょう?」
「そりゃ、」レオは頷きながら、つい二日前に自分が捕らえた犯人の顔を思い出していた。「覚えてるさ。俺が捕まえたんだから。」
「その犯人を、貴方はどうしたかしら?」
ただの質問のようだったが、八坂の声質からはどこか責めるような気配が感じ取れる。
そんなことにも気が付かず、レオはあっけらかんと答える。
「だから、捕まえたって、」
「その前よ。」
前、というと、捕縛するために……、
「……思いっきり蹴り飛ばした?」
「それよ。それ。」
何がそれなのだろうか、と首を傾げるレオに再び深いため息を吐き出して、八坂は丁寧に説明を始める。
説明といっても、
「貴方の蹴りにより例の犯人――ヒサモト コウジは全治一週間の怪我。自業自得とはいえ、これは明らかにやりすぎね。分かるかしら?」
要は、それだけのことである。犯人逮捕の際に過剰な攻撃を行なった、故に罰する。そういうことだ。
逆に罰にしてはやや軽すぎるのではないかとも思うが、本来ならば罰せられないものを罰しているのだからこの程度が妥当だろう。
電脳法により、アンチブレイン――正式名称【対電脳犯罪特殊機関】の攻撃行為は認可されているのである。当然、状況いかんによっては許されないが、今回は許容範囲内であろう。
なぜなら――
「仕方ないだろ。相手は殺傷力の高い雷撃プログラムを発動してたんだ。咄嗟に無傷で無力化なんてできるかよ。」
雷撃プログラム、総称としては高攻撃性プログラムと呼ばれる代物である。要は、他人を傷つけることを目的とした、れっきとした【違法プログラム】なのだ。
「分かってるわ。だから講義で済んでるんでしょう。」
「……普通は無罪放免なんだけどな。」
ポツリと、小声で呟く。
「あら、何か言ったかしら。」
――八坂 涼子、地獄耳。と、レオの脳内メモに刻まれた。ニコリと笑う顔が中々怖い。
「何でもございません。」と降参のポーズで誤魔化してから、それよりも、とレオは話題を変える。
「講義はこれで終わりか? 俺、このあと待ち合わせがあるんだけど。」
「あら珍しい。」
「ほっとけ。」
「まあ、そうね。貴方に質問が無ければ終わりでいいわ。」
遠回しな言い方だが、要はもう帰って良いということだろう。そう判断して立ち上がりかけたレオは、ふと動きを止めた。
このような機会はもうないだろうし、どうせなら質問しておくか。そう思い直す。
「じゃー、ひとつだけ。」
まさか本当に質問されるとは思っていなかったのか、八坂の返事はワンテンポ遅れていた。
「……ええ、いいわよ。何かしら。」
「なんで、電脳犯罪のことを【ブレイン】って言うんだ?」
実は、かなり前から気になっていたことではある。しかしいまさら誰かに訊くというのも決まりが悪く、レオの中で今までずっと解決され無かった疑問の一つだった。
質問された八坂の顔は、微妙な表情だった。
「……電脳犯罪とは、名の通り電脳世界で起こった犯罪事件、それは分かるわよね。」
「もちろん。」
「そして電脳世界に於ける人間とは意識体の存在。意識体とは、自分の脳内でイメージした姿よ。だから『自分は猫だ』と強く思えば、猫の姿になることも出来る。ここまでは、いいかしら。」
レオは無言で首肯し、八坂も頷いて続ける。
「さらに電脳世界での行動は、肉体的な制約を受けない。出来ると思い込み、脳から電気信号が発せられれば、全ての行為が決行できる。つまり――」
「――脳みそだけで行える犯罪、だから 脳 。ってことか。」
「そういうことよ。もっとも、最初はネットで流行った造語だったのだけれどね。いつしかマスコミでもその言葉を使い出して、今では正式名称のように為った、というわけ。」
なるほど、と納得する。なるほど確かに言い得て妙な表現である。
脳だけで行う犯罪、だからブレイン犯罪。
うんうん、とレオは納得する。これで疑問が一つ解消された訳だ。
しかし、やはりなぜか八坂は微妙な表情だった。それに気付いたレオが、首を傾げる。
「なんだ?」
尋ねられた八坂は少し言いにくそうに、しかし呆れ気味に口を開いた。
「……今の内容は、高校の授業で習うはずだけれど。」
レオは現在、17歳。高校二年生である。いま八坂が語った内容は公民なり政治なり電脳なりの授業で一年生の頃に習う内容であり、本来ならば普通に理解しているはずである。
しかし、
「仕方ないだろ、アンチブレインの仕事がバカみたいに忙しくてほとんど授業に出れないんだから。」
レオは悪ぶりもせず、むしろ避難する勢いでそう言った。実際、ここ三年ほどで電脳犯罪は急激に増加し、アンチブレインの仕事は増すばかりであった。それこそ、『増えるブレイン犯罪! 電脳の闇』などという特番がしょっちゅう放送され、そこそこ視聴率が取れるくらいである。
だが、八坂は怯まない。
「それは言いわけね。確かに学校のある時間に呼び出しがかかることも多いでしょうけど、そのあとにも時間はあるでしょう?」
「うっ……」
確かに八坂の言うとおりである。自習すればいい、あるいは自分に講義を受けにくればいい。八坂は暗にそう言っているのだ。それは分かるし事実だが、しかしだからと言ってはいそうですねと頷きたくもない。
レオとて学生、遊びたいしゴロゴロしたいのだ。ただでさえハードな仕事のあとに勉強など、御免蒙るというのが本音だ。
「……まあ、強制はしないけれど。ただ将来、自分が困るかもしれないってことだけは、覚えておくことね。」
八坂はそれだけ言うと、もうこの話題を終わらせる気らしかった。それはレオにとってもありがたいので、彼は黙っていた。説教など誰も聞きたくない。
「質問はそれだけ?」一瞬の沈黙のあと、八坂はそう言って教卓の上の資料を手に取った。彼女はどうやら、この講義自体を今のやりとりで終える気らしい。
今度こそ、レオは席から立ち上がった。彼ももうこれ以上ここに長居する気はなかった。待ち合わせの時間が迫っているのだ。
「じゃ、また今度……は無い方がいいけど、じゃあな八坂先生。」
「ええ。……っと、レオ君。」
出口に向かっていたレオを、八坂は呼び止めた。何だ? と思いながら振り返ったレオに、八坂は真剣な表情で口を開く。
「さっきも言ったけど、現実世界で難しいことが電脳世界では簡単に出来る……だからこそ、人は自分で制約を付けて行動しなくてはならない。……特に、貴方の、貴方たちのような人間は。」
「…………………」
レオは無言でその台詞を受け止める。脳だけで行う、行える犯罪、だからブレイン。電脳犯罪――。
「気を付けなさい。電脳犯罪は、いつでもどこでも、誰でも起こせるのだから。」
.
やってしまった。前回と同じ様な引きになってしまった。
感想、指摘などありましたら是非お願いします。