月影に臨む恋
ソフトなBLです。なんでこんなん書いたのかよくわかりません。書いてる時の気持ちは「ウッヒョー2次元女の子ーーー!」て感じでしたが。
僕には、好きな人がいる。
気付かない振りをして自分を誤魔化そうともしてみたけど、どうにも、無理みたいで。
この気持ち、嘘にはできない。
だから胸に秘めたこの気持ち、いつかあの人に、伝えたいな。
その人の事は、中学の時に好きだって気付いて、それからずっと好きで、苦しくて、だからこうして高校も同じになってしまったりすると、なんだかもどかしい気持ちになる。
あと三年、そうすればきっと別々の場所の大学に行って、そうしたら、忘れることができるのだろうか。
僕は本当にあの人の事が、好きだ。
伝えたい。でも伝えたら、今までの関係さえも、壊れてしまいそうで。
だから、できない。
胸が苦しい。
幼馴染の、約市魅麻奈が声をかけてきたのは、高校に入学してしばらく経った、ある月曜の昼休みだった。
「何ぽさっとしてるのよ。もう、昼休みよ?」
麻奈は茶髪で、髪型は短めのボブヘアー。陸上部の短距離選手ということもあって手足はすらりとしている。胸は、結構大きい。
まだ高校に入ったばかりだというのに、結構色んな男の人に告白されて、困っているらしい。
子供の時から見ているけど、確かに美人だと思う。
僕はいきなり声をかけられたので、ドギマギしてしまった。
あんまり急に人の言葉に反応するのは、得意じゃないんだ。
「ほら、あいつ、もう廊下で待ってるわよ?」
そうだった。
僕はいつものように廊下で待つその人、架城儀真の元へと向かった。
彼は、僕の姿を見つけると、大袈裟に右手をぶんぶん振った。
「恥ずかしいよ」
こういうノリ、僕はあんまり、得意じゃないんだ。たまにそういう風に、周囲を気にしないで行動できる人の事を、羨ましいと思ったりもする事も、あるけれど。
「お前は、運動系じゃあないからなあ」
実際そうだった。
僕は彼みたいに短めの髪を立てるようになんてしていないし、逆に変に伸ばして染めたりなんかもしていない。
ただのおかっぱ頭に四角い縁の眼鏡をかけているだけだ。色は白いし、背は低いし、軟弱な方だと思う。
それに比べて、彼は中学の時から始めたバスケットのおかげで背は高いし、なにより社交的な印象を与える。色は黒くはないけど、僕ほど白くもない。健康的な肌の色をしている。
きっとこういう人が世の中に出て成功する類の人間なのだろうな、と思う。僕は、駄目だ。百回生まれ変わって天寿を全うしても、こんな風にはなれない。
そんな僕達二人が並んで歩いているのは、なんともちぐはぐな組み合わせな気がする。
だけど、中学一年の時に初めて同じクラスになって、すぐに仲良くなったのを覚えている。
人間は互いに異なるものに惹かれあうとどこかで聞いたことがあるし、そんなものなのかもしれない。僕はせいぜい学校の成績が良いくらいで、他に何も取り柄なんてないんだけど。
子供の時からずっと一緒だった麻奈以外、僕にはあんまり友達というものがいなかったから、彼の存在は新鮮だった。
僕達は、いつものように校舎から少し出たところにある、中庭に行った。
もちろん、学校内ではあるけれど。
教室で弁当を食べる人や、学食で食べる人が大半なのだけれど、僕達は真の提案で、外で食べる事にしていたんだ。
そこには景観のためか何の為かよくわからないけれど、樹が一本植えてある。その周りは大理石によって円形に盛り上がっていて、人が座ることができるようになっていた。
そこで僕達はそれぞれが持って来ていた菓子パンを食べながら自販機で買ったジュースを飲み、話をする。
「どうよ最近、学校生活は。そろそろ、慣れてきたか?」
「なんだかそのセリフ、いっつも聞いてる気がする」
「しようがないだろう。お前とはクラスが違うんだから。気になるんだよ」
「なんでさ」
「お前は頭は良いが、他がしっかりしてなさそうだからなあ。まあ、麻奈の奴がちゃんと面倒みてやってるから、大丈夫だろうが」
それから、
「にしても麻奈って本当、美人だよな」
僕は普段の会話から、真が麻奈の事を好きなのを知っていた。
どちらもスポーツ好きだし、美男美女だ。
僕が入り込む余地なんて、ありそうにないな。
その日の授業が終わり、僕は一人で家に帰ろうとしていた。
「一緒に帰ろうよ」
声をかけてきたのは、麻奈だった。
「部活は?」
「今日は陸上部、休みなの」
日曜である昨日に、大会があったからだという。
それで僕達二人は、一緒に帰る。
「啓とこうして一緒に帰るの、久しぶりだね」
僕の名前は樹学 啓という。
それにしても、本当に久しぶりだった。小学生以来かもしれない。
「でも、どうしてだろう。なんだか、胸が苦しいや」
「いつものことだけど、顔色悪いわよ? 病院行ったら?」
「うん、そうだね。そうするよ」
それぞれの家に向かう分かれ道で、麻奈は僕に大袈裟に両手を振った。
真みたいだ。麻奈も真のこと、好きなのかな。だから、仕草が似てきているのだろうか。
複雑な気分だった。
変なことになった。
僕は余命一年くらいしかないらしい。
なんでも、すい臓癌だそうだ。
すい臓癌は症状が出にくく、気付いた時には手遅れになっている事が結構あるらしい。
怖い病気だ。
自分がそうだと言われて、なんだか不思議な気分だった。
僕はせいぜい胸が時折苦しいかなと思っていた程度だったのに。
病院にいてももうしようがないらしく、何日か入院した後に薬を貰って母と一緒に家に帰る。
それから何日か、なんとなく家にいたくなくなってしまって、そこらで時間を潰していた。
歩道橋から吸い込まれそうな程身を乗り出して行き交う車の流れを見ているのがお気に入り。
いつも帰るのは深夜で、その日もそうして、帰った。
そうしたら、僕の家の門のところで、麻奈が待っている。赤と茶のチェックのYシャツに、デニム地のパンツ姿だった。
「どうしたの」
と聞いたら、
「寒いね」
と言う。
実際、もう五月近いというのに、寒かった。
僕の事は、母から聞いたらしい。
それにしたって、こんな夜中に待ち伏せするような事、しなくてもいいんじゃないかと思う。
「どうしても、言いたい事があって」
それからいきなり、
「好きなの」
と言われた。
月の綺麗な晩だった。
なんだか、癌だと言われた時とはまた違う、不思議な気分。麻奈は真の事が好きだと思っていたからかもしれない。ちょっとびっくりした。
「変だね。どうせ僕はもう死ぬっていうのに、どうしてそんな事言うの」
「人間なんてどうせ皆死ぬわ。ただ、ちょっと早いか遅いかの違いじゃない」
「そんなもんかなあ」
「そうよ。だから、今伝えたって、全然不思議じゃないし、むしろ自然なのよ」
僕は困ってしまった。だからといって僕は彼女に何も与えられるものがなかったから。
「ああ、と、ええ、と、ありがとう。でも、ごめん」
それを聞いて麻奈は少し俯いたけどすぐに、
「いいのよ別に。私はただ、あんたに知っておいて欲しかっただけだから」
気まずくなって家に入ろうとする僕に、彼女は後ろから声をかけた。
「あんたも、今伝えておかないと、きっと後悔するわよ」
僕は驚いて振り返った。
「知ってたの」
「そりゃ幼馴染だもん。あんたのことなんてなんでもお見通しよ」
麻奈はカラカラと笑っていた。
「もう一度だけ言うわ。今伝えておかないと、きっと後悔するわよ」
麻奈はそれだけ言うと、すぐに走り去ってしまった。
僕は麻奈に感謝した。
だって、どうせもう少ししたら、病気で外もろくに歩けなくなるんだから。
家に入って、僕は体を清めた。
それから、携帯でメールを打つ。
今から、学校の屋上で会えない?
返事はすぐに来た。
いいよ。
それで僕は先に屋上で待っていた。
学校の鍵は、一箇所だけ立て付けが悪くて外から開けられる所があって、生徒の間では有名だったので、僕はそれを利用して校舎に入った。
しばらく、星を眺めていた。
綺麗な星空だと思った。
世の中では排気ガスのせいで星が見えなくなったとか騒ぐ人もいるようだけれど、それは少なくともこの街には当てはまらないみたいだ。
見渡す限り、星の配置は完璧だった。
宇宙の配置が全部完璧なのだとしたら、僕がこうして死んでしまうのも、全て予定調和なのだろう。
でも、世の中は全て完璧になっているわけでなく、どっかかんか、ほつれができているものだと何かの本で読んだし、そうだとしたら、僕が死ぬのも、イレギュラーなものなのかもしれない。
なんだか、その方がいいな。完璧に計算されて、僕みたいなのができちゃっていたとしたら、神様も随分非力なものに感じてしまう。
欠陥が拡散して許される世の中なんだって考えた方が、僕には気が楽だ。
そう考えないと、あの人とやろうとしていることが、できそうにないし。
星の瞬く音が聞こえないかと耳を澄ませていたら、屋上と校舎を繋ぐ扉が開いた。
「久しぶりだな、啓」
僕は自分が病気だと知ってから、学校に行っていなかった。
会うのが怖かったんだ。麻奈にも、そして、彼にも。
「久しぶり、真」
月の綺麗な晩だった。
彼は学生服を着ていた。僕がそうして欲しいとメールで頼んだからで、もちろん僕もそうしている。なんとなく、学生気分でいたかったんだ。
彼の胸元からは銀のアクセサリーが覘いている。
あれは確か、去年僕が誕生祝いに彼に買ってあげたやつだ。
「僕の病気はもう、知っているんでしょう?」
頭を掻きながら目を逸らし、彼は答えた。
「ああ」
これは彼がばつの悪い思いをしている時によくやる仕草だ。
「こっちから連絡を取るべきだったよな。ごめん。なんていうか、怖かったんだ。今までの関係が、全く別のものになってしまうんじゃないかって。本当に、ごめん」
そんな事、気にしなくたってよかったのに。
怖いのは、僕だって同じだったんだから。
僕は彼と目の鼻の先まで近接した。
「ねえ、真。僕、君の事が……」
刹那の後、彼は僕の事をその大きな体で抱きしめていた。
「わかってる。もう何も言うな」
……ありがとう。
僕は心の中で呟いた。
そっと下から、彼の腰に手を回す。
そこまでが、僕の計画。
ただこうして抱きしめてもらうだけで、それ以上、何も求めてはいなかったんだ。
だけど彼は抱きしめていた手を離すと真っ直ぐ僕の顔を見詰めて、
「今だから言うけど、俺もお前の事好きだったんだ」
びっくりした。一日に二度びっくりする事なんて、あんまり無いと思う。
だから、僕がちゃんと言わなくても、わかってくれたのか。
そうして、彼から口付けを受けた。
彼の唇が僕の唇と重なって、僕はそれだけでぽーっとなってしまう。
気が付いたら僕は彼に押し倒されていた。
さっきより物理的には少し離れたはずなのに、どうしてかずっと星が近くに見えて、吸い込まれて虚無になってしまいそうになる。
「真、僕、怖いよ」
そうしたら真は、
「ご、ごめん。嫌だったか?」
なんだか、大きな体をした真が、幼い感じで慌てているのを見たら、僕はクスリと笑ってしまった。
「真って、可愛いよね」
「な、なんだよ」
真は可愛いと言われたのが、心外だったらしい。
「ううん。何でもないんだ。続けて」
それで真は僕のシャツと下着の下から、僕の右胸に右手を滑り込ませてくる。
それと同時に、声の出そうになった僕の唇を、自分の唇で塞ぐ。
何もかもが、溶けていってしまいそうな感覚。
それが、しばらく続く。
と、真は不意に右手を僕の胸から離す。
そうして、僕の下腹部よりさらに下にあるものに、下着の上から触れる。
他人に触られるのなんて初めてだったから、僕は恥ずかしくて仕方がなかった。それが真なのだから、なお更だ。
だけど、不思議な事に僕の下半身はちゃんと反応していた。
自分が自分じゃないみたいで、怖かった。
僕は、自分で慰めた事さえ、なかったんだから。
これから僕は、どうなってしまうんだろう?
ただ、このまま真にどこまでも知らない所まで連れて行って欲しいという気持ちだけが渦巻いている。
真はとうとうパンツの内側、直接僕の下半身に右の手で触れる。
「ま、真は、こういう経験、あるの?」
「馬鹿だな。ある訳ないだろう」
「なんだか随分、手際がいいなと思って」
「そうかい。俺も、いっぱいいっぱいだよ」
確かに、よく見ると真の顔は少し上気しているようだ。
僕の体で真が興奮してくれていると思うと、僕は嬉しくなった。
「どうした? 急に笑ったりして」
「なんでもないよ。ただ、嬉しくてさ」
真は僕のスカートを捲くって、パンツを脱がせた。
ひんやりとした感触が僕の臀部に伝わる。
最後にもう一度僕にしっかりとキスをして、それから真は、
「入れるぞ」
その時僕は変なことを考えていた。
思えば、僕だなんて、こんな風に自分の事を呼ぶだなんて、変な事だ。
僕はもともと軟弱で、そのコンプレックスから、こういう風に自分を呼ぶ様になってしまったんだっけ。
それなのに結局軟弱に病気で死んでしまうんだから、意味が無い。
意味が無いと思っていても、変えられない事もある。
生きる事。
人を好きになる事。
全部が全部、どうしようもない事なんだ。
真が、僕の中に入ってきた。
やっぱり初めての痛みは特別で、だけどその痛みがかけがえのない真への献身だと思える。
真は僕の左手を握ったまましてくれた。
断続的に続く快楽の中、僕は真の顔を見る。
その表情は色めいたオーロラのように清らかで、モノクロの虹のように悲しかった。
「そろそろイクぞ」
真が大きく体を動かそうとして両手を床に着いたので僕は虚脱したような声で
「あっ……」
真がそれを聞いて、動きを止める。
「どうした? 痛かったか?」
「ううん、違うんだ。手……手、離さないで。真、僕、怖いんだ」
真は優しく笑んで、
「わかった。もう、離さないよ」
それから、大好きな人の右手を握り締めながら、僕は彼の想いを全部受け止めた。
頭の中に電気が走って、意識を混濁にしていく。
まるで壊れたデク人形。
薄れゆく意識の中で僕は思った。
君の思い出の中にいつまでも、僕がいますように。
そう思うだけで僕は、どうにだってなれるんだから。
どうか、いつまでも。
風に乗せて響いた二つの声帯が生み出した空気の震えは、春風に揺られて閉じられる。
サラッと青春っぽく終わるのがいいかなと。