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セプグルー

「ちょ、ちょっとお嬢さん!魔獣操った事あるの!?」


「問わずとも分かるでしょう。乗り心地はどう?」


「最悪だから聞いてるんですけど!」




うっぷと、アベルは、体の奥底から逆流してくる朝食べたばかりのサンドイッチを飲み込んだ。因みに、この行為はもう三回目。



大層な身なりに、大層な登場の仕方だったモンだから、こんな巨大な魔獣も問題ないのだろうと、迷いなく彼女の言うことを聞いた自分が、心底恨めしい。何せ、自分の目の前で魔獣の手綱をとっているこの謎の少女は、ウェルダンの街を爆走しているのだ。




「ねぇ、認めようよ!カッコつけて後に引けなくなってんでしょ!?」


「・・・・それ以上口を開くと、振り落とすわよ」


「今の間何!?図星としか思えないんだけど!」




引力に従って外に飛び出そうとする大量の青海老たちを、しっかりと抱き抱えるアベル。こんな怖い思いをしているのだ。何としてでも無事に城へと届けなければ。



髪を逆立てながら、振り落とされない様、魔獣の毛にしがみつく。それでも遠慮なくフギャア!フギャア!と奇声を上げながら街の中を走る魔獣。一目散に逃げていく人々を見ながら、ああ。これでまたこの街に居ずらくなるなと、アベルは涙目になった。




「ねぇ、お嬢さん!これ、明らかにスピード違反だと思うんですけど!」


「・・・・」


「無視はやめよう!?って、おわ!」




なりふり構わず爆走しているアベル達の目の前に、いきなり1人の青年が立ちはだかった。あまりに突然のことで、声すら出ないアベル。


物凄いスピードでその青年に突っ込んでいく魔獣に、遂に終わったとアベルはギュッと目を瞑る。



「治安を乱すな」



一言小さく呟き、その青年がばっと素早く剣を抜いた。そして、突進してくる魔獣を恐れる事もなく、剣を振りかざしたのだ。



ザシュ・・・・



アベルの耳に届いたのは、気持ちいいくらいの鮮明な肉の切れる音。



(・・・・え?)



何が起こったのか、全くもって分からなかった。その軽快な音と共に、それまで爆走していた魔獣がガクンと動くことを辞め、地面に上半身から倒れこんだ。


勿論上に乗っているアベル達も、地面へとまっ逆さま。




「いでっ!」


「・・・・何者」



地面に尻餅をつくアベルとは対照的に、エイプリルは、魔獣から見事に着地。ズザザっと地面を幾分か滑り、しゃがんだままその青年を睨む。


しかしアベルは、腰の痛みでその青年すら見ることが出来ない。


「いぃってぇぇぇーっ!アレ、ヤバい。マジで立てないんですけど」


「情けないわね。シャキッとしなさいよ。なめられるわ」


「誰のせいだよ!?」


「そこの二人。名を名乗れ」



ジャキン。

目の前に振り落とされた真剣に、アベルが目を見開く。そこでようやく、痛む腰を右手で押さえながら、青年の姿を目に写した。



(・・・・兵士、か?)



こんなドデカイ剣を引っ提げているなんて、一般市民ではないだろう。さらさらと風になびく蒼い髪に、銀色に光る甲冑。鋭い眼光でアベルを見つめるその瞳は、金色に光っていた。


その瞳に殺意を感じて、アベルは咄嗟に両手を左右に振り、イヤイヤイヤ!と声を荒げる。



「いや、俺は悪くないんだって!ただ、城へと食材を運びたいだけで!」


「食材、だと?」


「そうそう!そしたら、この子が勝手に暴走したんだよ!」


「ちょっと!助けてくれた相手にそれはないんじゃない?いじめられっ子」


「いじめられてねぇわ!」


「隊長ー!仕事ほったらかして何やってんですか、もうー!」




弁解しているアベル達のもとに、可愛らし声が響き渡った。へ?っと声がした方を見てみれば、とたとたと1人の少女がこちらに向かって走ってくる。


年は、自分と同じくらいだろう。漆黒の長い髪に、やはり銀色の甲冑を身に付け、すらりとした長い足が、ブラウンのスカートの下から伸びていた。


こちらまでやって来ると、その少女が蒼い髪した青年にニコリと笑う。



「探しましたよ、隊長!ニア達が困ってますよ、もうー!」


「・・・・そうか。この、街中で魔獣を乗り回していた法違反者を片付けてから行く」


「ち、違いますよ!ただ俺は、この青海老を城に届けたくて・・・・って、あー!」



箱の中を覗いてみれば、青海老の瞳がほとんど閉じてしまっている。それを見て、アベルの顔からサーっと血の気が引いた。



「やべぇよ!もう間に合わないじゃん!どうしてくれんだよ!?」


「これだから嫌なのよね、男って。都合が悪くなると、全部女のせい」


「事実だろーが!!」


「何騒いでるんですか、もうー!どれどれ?」



涙目になってアベルが叫ぶも、エイプリルはすまし顔。すると、アベルが抱き抱えている青海老の入った箱を、黒髪の少女が覗きこんだ。


そして、大丈夫ですよー。とニコリと笑う。



「この青海老、ちょいと時を止めてあげれば、瞳を閉じなくなるんですよー」


「え、でもそんなこと、」


「ザルク・グリアッテ」



青海老に手をかざし、少女が呟く。すると、ぽうっと少女の手から光がさし、青海老全体を包み込んだ。


その光景を、ポカンとアベルとエイプリルが見つめる。



「ふぅ。これで大丈夫ですよー。城に届けるなら、私たちが預かりましょうかー?」


「え、どうして、」


「だって私たち、城に使える騎士団ですもん。セプグルーって知らないんですかー、もうー!」


「セプグルー!?」




勿論知っている。セプグルーと言えば、この国の方を取り仕切る、城直属の武力集団。しかも、この少女は青年のことを隊長と呼んでいた。


(この若さで!?)



アベルが青年を見上げると、未だに金色の瞳で訝しげにアベルを見つめる青年。アベルから青海老を受け取った少女が、行きますよ隊長ー!と促すと、フンと鼻を鳴らし振り返った。



「待って」


「何ですかー?もうー」


「今の呪文、あなた魔族なの?」


「そうですよー。それが何かー?」


「・・・・別に」



物体の時間を止めるのは、簡単ではない。それをこの少女は、片手でやってのけたのだ。勿論、魔女見習いのエイプリルにとって、面白い事ではなかった。


その一方で、無事に青海老を届けられた事実に、アベルは1人ガッツポーズ。これで、また当分の間、食べるものに困らないだろう。



「おい、アベル・ラング!!俺様のデゥールどうした!?」


「あ」



後ろから聞こえてきた、甲高い怒声。ギ、ギ、ギっと振り返れば、相当頭にきているらしい、真っ赤な顔したグレンダが立っていた。



「あの魔獣、最高級の魔獣なんだからな!高かったんだぞ!さっさと返せよ!」


「あ、えーと、それが・・・・」



言いながら、チラリとアベルが横を見た。エイプリルにいたっては、ぷいと横を向いてしまっている。


そのアベルの視線にそって、横を向くグレンダ。すると、みるみるうちにグレンダの形相が変わっていった。


グレンダの目に映ったのは、先程セプグルーの隊長に斬られたばかりの、魔獣の無惨な姿。冷や汗を滴ながら、あははとアベルが笑う。



「え、えーと。グレンダ。これには訳が、」


「うぎゃあああああっ!!」



広場一面に、グレンダの悲痛な叫び声が響き渡った。








※※※※※※※





「うぎゃああああっ!!」




後ろから聞こえてきた声に、クスッと黒髪の少女が笑う。



サラ・アルガイド。若くして、城を守る騎士団幹部の1人である。




「隊長ー、何も殺すことはなかったんじゃないですかー?」


「法を犯す者には、死を」


「相変わらず隊長は厳しいんですからー、もうー」




クスクス笑い、サラは隊長であるゼトラを見た。


ゼトラ・マクスニグム

セプグルーの隊長にして、王女の護衛も司っている。腰からぶら下げている剣をカチャカチャと鳴らし、ゼトラはサラが持っている青海老に目を移した。



「・・・・ただの、海老か」


「え?特に・・・・何も魔術等はかけられてないみたいですよー?あ、」



ざわめいている青海老の中の一匹の背に、赤黒い液体がついている。先程隊長が斬った魔獣の血かなと、サラが何気なく指で拭う。



「っ、え?」


「どうした?」



じゅ、という鈍い音。慌てて指を見れば、少しだけ指の皮膚が溶けている。


(どういう事だろー)



その不思議な現象に、サラが振り返る。先程の少年たちは、まだ先程の場所で、ウェルダン人の少年に頭を下げ続けていた。



「どうした?」


「何でもないですよー、もうー」




溶けた指先をギュッと握り、サラがニコリと笑う。そして、海老の蓋をしっかりと閉め、口を開いた。




「面白い事が起きそうな予感がしますよー」








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