間抜けな盗賊団
最近、よく涙目になります。
歳でしょうか?
つい、先日のことです。
ショッピングセンターでトイレに入ったら、
手を洗っていたおばちゃんがいきなり雄たけびをあげ、
「キャァっ!ここ、女子トイレよっ!」と、叫びました。
……女ですけど、何か。
道の補整もあまり進んでいない田舎町、ウェルダン。
そんな、砂煙舞う地べたに茶色い布を敷き、堂々と胡坐をかいて座っている一人の少女がいた。
ウェーブのかかった、ハニーブラウンの艶のある髪。
猫の様なアーモンド形の紅い瞳に、黒いローブ。
胸には、金色のすみれをモチーフにしたエンブレムが光っており、
彼女の両腕には、赤、青、緑など、色とりどりのブレスレットがじゃらじゃら音を立てていた。
無造作に置かれた、欠けている茶色い器の中には、銀色のコインが二、三枚だけ。
「よーくココを見てて」
「・・・・・・」
彼女の前に立っているのは、鼻が高いウェルダン人の子どもたち。
行商人が行き交う町として、色々な人種や種族は見慣れていたが、
魔族。とりわけ彼女の様な魔女を目にするのは、子ども達にとっては初めてだ。
好奇心と期待とで満ち溢れたキラキラした瞳が、一つの石ころを乗せている
彼女の右手を、食い入るように見つめた。
「いち、にぃ、さんっ!ほらっ!」
「・・・・・・え?」
数を数えながら、彼女が拳を握り再び広げると、彼女の手に乗っていた石は、
胸に或るエンブレムと同じ、すみれの花に変わっていた。
無事成功した魔術にほっと息を撫で下ろしながら、ふふんと胸を張る。
「ほら、すごいでしょ!?驚いた?ならこの器にコインを、」
「つっまんねぇー!!」
「え?」
「こんなの、時々街に来る道化師でも出来るぜ!アンタ、本当に魔女?」
なぁ!と、各々顔を突き合わせて、好奇心と期待に満ち溢れていた瞳を、
失望の眼差しへと変える子どもたち。
自分の予期していた子ども達のリアクションとは、180度違うこの事態に、ぽけーっと呆ける。
しかし子供たちは、帰ろうぜ!と、そんな彼女も無視して彼女の元から遠ざかって行ってしまった。
器のコインは、一枚たりとも増えちゃいない。
ちっ!!と何とも憎たらしい顔で、舌打ちをする彼女。
エイプリル・ヴェンディ。
魔女、というよりは、修行中の魔女見習いだ。
物ごころついた時からずっと、師匠の下で魔術について学んできたのだが、
理論云々よりも、実践で覚えて来いと、無理やり旅をさせられている。
「道化師レベルで、悪かったわね!」
クソガキどもが。と、エイプリルが悪態をついた。
勝気でプライドが高い彼女は、バカにされる事が大嫌いだ。
ローブの懐から薄っぺらい魔術書を取り出し、盛大にため息。
「お金もないし、どうすればいいのよ」
「退いて、退いて、退いてェェェェーっ!!」
「え?」
いきなり広場に響いた、耳をつんざく叫び声。
びくっと驚いて、思わず魔術書を落っことそうとしてしまった。
ドキドキしながら本を握りなおせば、すぐ目の前をブォンっ!
と、凄まじいスピードで駆け抜けていった物体。
何事かと、つられる様に顔を動かす。
エイプリルの瞳がその正体を捉えた瞬間、それは「ほげぇっ!」と
情けない声を上げて、巨大な魔獣にぶつかり倒れた。
(バカだ!アホだ!)
これまで、一瞬にして人を見下した事があるだろうか。
つい先ほど見下されたばかりだが、あの訳の分からない少年よりは、
絶対自分の方が生物学的に上だろう。
金色色の髪した少年は、腰を押さえ悶えながら、地面をごろごろと転がっている。
相当痛いのか、生まれたての小鹿のようにプルプルと震え立ち上がる少年。
「や、やぁグレンダ。どうしたの?道の真ん中に急に魔獣を放りだすなんて。
何なの?バカなの?君たち死ぬの?」
「バカなのは、変な道具履いて、絶叫しながら道の真ん中を走ってたお前だろ。
ここは、ウェルダン人の街だ。よそ者は、遠慮がちに道の端をトロトロ歩けよ」
どうやら、魔獣の持ち主とエイプリルが見下した少年は、知り合いらしい。
なんとなく、面白そうだ。
エイプリルは立ち上がり、パンパンとローブについたほこりを払う。
器に入った銀色のコインを懐に入れ、彼らの近くへと足を進めた。
しかし次にエイプリルの瞳に映ったのは、生意気そうな鼻の高い少年が
率いている魔獣が、思いきり少年の履いていた道具を踏みつける場面。
血相を変える少年とは裏腹に、男たち三人は、大声で笑っている。
(・・・・・・なんか、イラッとしたんですけど)
てくてく歩いていた歩調を、つかつかと速めた。
両腕につけているブレスレットが、じゃらじゃらと音を立てる。
(なんだったけ?吹き飛ばしの呪文)
魔女が呪文を忘れるなど、言語道断!
それが、師匠の口癖だった。元々優秀でも真面目でもないエイプリルにとって、
呪文を覚えるのは、何よりの苦痛だ。
だがしかし、今は不真面目な自分を心底怨む。
あんな奴ら、吹き飛ばして、歯が折れるまでふんずけてやりたい。
(ゼリアッタ、じゃない。ゼグーニ・・・・・・でもない)
ついに立ち止まったエイプリル。
眼前には、鼻の高い少年に食ってかかっている金色の少年。
「ちょ、何やってんのォーっ!?マジで何やってんの、さっきから!
何なの!?バカなの!?死ぬの!?っつーか、死ねよ!」
「俺も持っていない道具を、お前が持っているの気に食わない」
「どんだけ子供っぽい理由なんだよ!」
・・・・・・イライラする。本当にイライラする。
そして思い出せない呪文にも、イライラする。
半ば無意識的に、エイプリルは両手を前に突き出した。
全神経を手の平に集中させ、三人組を睨む。
(・・・・・・あ、思い出した)
「ゼグード!!」
大声で叫ぶと、手の平から途轍もない突風が。
エイプリルの長い髪が、後ろに靡く。
突風は、金色の少年を包みこむように二つに別れ、やがて一つにると、
三人組をいとも簡単に吹き飛ばした。
驚いて、振り返る金色の少年。
正直、魔法を成功させたのは三カ月ぶりという感動に体が震えていたのだが、
カッコよく決めたくて、ニヤリと笑った。
そして、三人組をふんずけてやるため、歩き出す。
エイプリル・ヴェンディ。
勝気でプライドが高い彼女は、バカにされる事が大嫌いだが、
弱い者をバカにして笑う人間も大嫌いな、魔女見習いである。
******
「ザクノン様、こやつらでございます」
「・・・・・・随分と、ふてぶてしい顔をしているのですね」
「うっせんだよ!」
「ジ、ジゼル姐貴!」
ココは、大人しくしといた方が身のためですぜと、手下のゴードンが顔を強張らせた。
筋肉むき出しな体格のいいルックスからは、想像のつかないその情けない表情に、
ジゼルは、ケッと悪態をつく。
ジゼル・ド・ゴール。
この国一番の盗賊団を率いる、女首領だ。
深緑の髪を頭の上で一つに結び、黒を基調とした服装に、
グリフォンの刺繍が入った腰巻をしている。
あり得ない、何たる失態だ。この自分が、捕えられるなど。
苦汁を舐める様な苦々しい気分に、ジゼルは胸が疼いた。
窃盗、殺人、詐欺は当たり前。
三百年前から存在する、この盗賊団の首領が捕まるなど、初めての事。
貴族の屋敷から、高価な財宝を盗み出している時。
どういう訳か、城を護る騎士団、セプグルーが踏み込んで来たのだ。
武術にも自信があったジゼルだが、騎士団隊長であるゼトラという男に敗れてしまった。
連れてこられたのは、オフィーリア城。
半ばやけになったジゼルは、目の間に或る巨大な椅子に座っている、
青いローブで全身を身に纏っている女を睨んだ。
「殺すなら、殺せよ。覚悟は出来てる」
「・・・・・・」
「おいコラ、聞いてんのか!?」
「ジゼル姐貴~!!」
頼むから大人しくしていてくれと、荒っぽい自分たちの首領に、
泣きそうな顔をするゴードン。
だがジゼルは、命など惜しくは無かった。
未だ睨み続けるジゼルに、青いローブの女が立ち上がる。
そして音もなくこちらまで近づいてくると、すっとしゃがみ込んだ。
生気が感じられない、女の顔。
恐怖など感じた事がないジゼルに過った、一抹の不安。
口元だけが見えている、女の口角が上がる。
「我が名は、ザクノン。この国を司る魔術師」
「なん、だと?」
「私と、取引をしませんか?」
取引?
意味の分からないザクノンの言葉に、ジゼルが眉を顰める。
しかし、そんな彼女の態度も可笑しいのだろう。
ザクノンは愉快そうな顔をしたまま、口を開いた。
「命の、取引です」
「う、あっ!うぎゃぁぁあぁぁぁっ!」
「ジゼル姐貴!」
いきなりずんと、異物が自分の体の中に入ってくる感覚に襲われた。
縛られている、ジゼルの体。
見ればザクノンの手が、自分の心臓めがけて体の中に入り込んでいる。
目を疑う光景に、息が止まる。
神経がおかしくなりそうな痛みで、目の前がかすんだ。
「歳は、16。右腕に黒竜が浮かび上がる少年を、殺してきて下さい」
「な、何をっ!?」
「必ず、殺すのです。必ず」
そう静かに告げると、ザクノンがジゼルの体から己の手を引き抜いた。
瞬間、ゲホっ!ゲホっ!とジゼルがその場に倒れる。
体に穴は開いていない。
だが、物凄い力で心臓を鷲頭上にされた感覚に、体に力が入らない。
(ちく、しょっ!)
今すぐ悪態を突いてやりたいが、どう頑張っても声が出なかった。
「心臓に、魔術をかけました。私の呪文一つで、あなたの心臓は
動く事を止めるでしょう」
「・・・・・・っく、」
「生きたかったら、殺すのです。黒竜を」
倒れたままのジゼルに、冷たくザクノンが言い放つ。
そんなジゼルの元へ、ついに涙を小さい瞳一杯に溜めこんだ
ゴードンが縛られたまま駆けよった。
青ざめている、ジゼルの顔。
ザクノンは踵を返すと、長年国を困らせて来た盗賊団の幹部二人がいる、
その部屋を出た。
「ザクノン。何か、あったの?」
「王女様。特に、変わった事はございません」
廊下に出た所でザクノンに声をかけて来たのは、この国の王女。
ファウラ王女だった。
彼女の後ろには、セプグルーの隊長であるゼトラ。
ザクノンは、いつもの様に汲み取れない表情で、王女へと向き直る。
「この様な所で、何をされているのですか?」
「私が16になったお祝いに、お母さまから贈り物があると聞いたので、
今からお部屋に向かう所なの」
「16、でございますか」
「え?」
「いえ。おめでとうございます、王女様」
深々と、頭を下げた。
そんな彼女に王女は、ありがとうとにこやかに笑った。
綺麗な金色色の髪が、ゆらゆらと揺れる。
「では、王女様。私も、部屋に戻ります」
「はい」
「王女様。女王様からの贈り物は、一つだけでしょうか?」
「え?」
「いえ、では」
また頭を下げ、王女の元から去るザクノン。
2人の姿が見えなくなる場所まで来ると、立ち止った。
右手には、ジゼルの心臓を掴んだ感触が、まだ生々しく残っている。
そんな手の平を握りしめ、ニヤリと笑う。
「黒竜の心臓も、あんなに柔らかいのでしょうか?」
氷の様な冷たい彼女の声が、風に溶けて流れていった。