クエスト00 人間の街に到達せよ
神代の時代、二人の主神が大喧嘩をした。それはやがて周りを巻き込む大騒動と化し、いつしか二つの勢力に分かれた戦争へと発展した。喧嘩のきっかけや結末は後世には詳しく語られていない。しかし正史と呼ばれる中で勝ったとされる陣営は後に『人間』と呼ばれ大陸全土を埋め尽くすかの如き発展を遂げ、負けたとされる陣営は『魔族』という少数民族となり慎ましく追いやられるようになったのだ。
魔族は神代の戦争の恨みを忘れたことはない。今も人類への復讐を心から願っているのだと。魔族の王『魔王』はいつの日か人間を下し魔族が世界を支配するその瞬間を待ちわびている。
人間と魔族が相容れる事は絶対にありえない。それは神代から続く不変の常識だった。
清々しい程の晴天だ。干したばかりの羽毛のように柔らかい日差し、耳に馴染む野鳥のさえずり、丘陵を吹き抜ける爽やかな風。絵にかいたようなのどかな風景の中、場違いな騎士がポツンと一人、馬を走らせていた。宵闇の如く妖しい輝きの甲冑に無骨な装飾の剣。彼の乗っている馬も馬具の下には黒い水面のような美しい毛並みがちらつく。その姿は清廉な騎士というよりかはまるで…。兜の奥に見える瞳から青白い光が影の中に揺らめいた瞬間、
「うわっと!」
馬が轍に足を取られ大きくつまずく。彼の兜がポロリと、”頭ごと”首から零れた。地面に落とさぬよう馬上で藻掻いてみるがするりと手の間からすり抜け、ゴツンと重い音を立て地面に墜落する。
「だぁ!もう」そう悪態を吐きながら馬を止めると、頭を無くした体はその影響を感じさせぬまま華麗に馬から飛び降り、頭を拾った。
「くっそ…土が口に入った。」
兜についた土をパッパと手で払い元あった場所へと近づける。青白い炎が胴の方からするすると紐のように伸びると、首と結びつきがっしりと迎え入れた。
「んっ、ん?」いまいち収まりが悪い。両手で頭を押さえギュっギュっと捩じるように回すとやっと馴染んだ。
「よしっ!ったく気を付けてくれシャノン。俺の頭が取れやすいのはお前も知っているだろう。」
シャノンと呼ばれた馬は申し訳なさそうに項垂れながら前掻きした。
街に入った時、彼に向けられた人々の視線は疑念に満ちていた。どこに属しているかも分からない黒い甲冑は人々に不気味な恐怖感を植え付けるには十分なのだ。対して視線を向けられている張本人は能天気にキョロキョロと辺りを見回し、物珍しそうに店を物色していた。
「な、なにかお探しで?」
引きつった顔の店主が彼に話しかける。早々に店頭から立ち去って欲しいがために勇気を振り絞っていた。
「?。お腹空いたなーと思って。」
そんな店主に対して、どうしてこんなに冷や汗をかいているのだろうか?腹でも痛いのか。とでも言いたげに怪訝な態度を見せながら騎士は答えた。
「それでしたら、新鮮なリンゴなどはどうでしょう。」
「欲しいんだけど…実は金を持ってないんだよね。」
「それでしたらおひとつ差し上げますので。」
「本当に!。人間は冷たいと聞いてたけど親切なとこもあるじゃん。ありがとー。」
店主が震える手で差し出したリンゴを受け取ると飄々と綺麗に真っ二つに割って見せた。小細工なしの尋常じゃない腕力に店主は思わずたじろぎ後ずさりする。甲冑の彼はそんな様子に気付く素振りもなく割った片方をシャロンの口へと放り込み、もう片割れを兜の影に差し込んだ。
「やっぱ、金がないとどうにもできないよなー。かといって人間の稼ぎ方なんて知らないしな。」
甘酸っぱいリンゴの味でも紛らわせない深刻な問題を呟く。思い立った途端に来てみたはいいものの、なんの下準備もしていない状況だ。野宿には慣れているが衣食住を揃えるな早い段階が好ましい。財源を確保することそれが彼に課せられた初めての課題だった。
「おい!そこの黒い甲冑の貴様、止まってこちらを向け。」
突如背後から高圧的な声が掛けられる。振り返ると緑色のローブを身に纏い帯剣したガタイの良い男が三人、矢のように鋭い視線でこちらを睨みながら立っていた。三人とも胸元に同じ紋章を付けている。
「貴様、目に付くところに紋章が見られないがどこの所属だ?」
好意的でないのは明らかだった。
「所属?俺はどこにも属してないけど。」
「なに?騎士団はおろかギルドにもか?だとすれば貴様の帯剣は違法となるぞ。」
ギロリと鋭い視線が甲冑の彼の腰元の剣に向けられる。
「そうなの。もうしわけない知らなかったんだ。ついさっきここに来たばかりで。」
「言い訳無用。後ろの馬にも紋章が見られないが商業用家畜保持免許も持っていないのか?」
「家畜だなんて酷い言い方をする。シャロンは俺の半身みたいなものだ。それに馬を連れて歩くのにも資格がいるなんて。人間ってのは窮屈なんだな。」
「なにを言っているんだこいつは。どちらの資格も一般常識だぞ。」
「よっぽどの田舎から来たらしい。」
とぼけた態度の彼に三人の男は苛立ちを募らせていく。
「あのーもういいかな?ようはとにかくその何とかっていう資格を取ればいいのか?どこで貰えるの?」
「動くな!。我々は今から貴様を規約違反で拘束する。」
「えーマジかよ。それって拘束されたらどうなるの?」
「もう少し詳しく尋問させてもらおう。知らぬ存ぜぬでは通用しないぞ。罰金も覚悟しておけ。」
三人はそう言うとじりじりと近づいてきた。
「罰金!?俺、一文無しなんだけど。」
「知らぬわ。きちんと調べてこなかった己の愚かさを恨め。」
「うそーん。絶対罰金で済まない気がする。…しょうがない。」
そう甲冑の男が言うとシャロンはまるで示し合わせたかのようにいきなり後ろ脚で彼の姿をローブの男たちから隠すように立ち上がった。ローブの男たちがたじろいだ隙を逃さず甲冑の男は走り出す。
「悪いけど、そういうことで。」
「なっ!待ちやがれ!」
「お前は応援を呼んで馬の方を確保しろ。あの甲冑姿でいつまでも逃げられるわけがない。」
ガチャガチャと大きな音を立てながら男は逃げていく。その背中を怒号を飛ばしながらローブの男が二人追いかけていた。
「観念しろ!」
「嫌だね。」
ローブの男達の見立ては外れた。派手に甲冑がぶつかり合う音を出しているというのに甲冑の男の動きは恐ろしく身軽だった。足は速く、障害物を軽やかに飛び越え、細い路地をスルスルと抜けていく。
「何者だよあいつ。」
息も絶え絶えなローブの男たちを他所に甲冑の彼はまだまだ余裕そうで、この町全体を使った逃走劇を楽しんでさえいるようだった。
「只の人間に体力面では負けないぜ。」
右に左に曲がり角を曲がって、猫の抜け道のような場所を飛んだりくぐったり渡ったりするのを繰り返す事十数回。
「あれっ…?あいつどこに消えた。」荒い息の二人はとうとうあれだけ重たげな装備をした男の姿をぱったりとその影さえも見失うこととなった。
「バケモンだ。あのヤロー。魔族なんじゃねぇのか。」
「魔族ならあんなのうのうとした感じで街に入ってこねぇよ。馬鹿言ってないで捜すぞ。まだ近くにいるはずだ。」
喧噪が足音と一緒に遠くへと消えていく。路地裏には静寂が戻ってきた。
隅っこの影からにょきっと両手に支えられた頭だけが飛び出てくる。キョロキョロと見渡し追手がいないことを確認すると立ち上がった。頭を無くした首口からは青白い炎が立ち上がっている。
「ったく…魔族の事をなんだと思ってるんだよ。」
さっきの男たちと違って全く息が切れている様子もなく、甲冑の彼は余裕そうに伸びをした。
「逃げたはいいけどシャロンとはぐれちまったな。それにこの恰好じゃもう大通りの方には戻れねぇな。どうしたもんか。」
そのまんまの意味で頭を抱えた彼に「ごぉーん!!」と突如大きな鐘の音が襲う。
「うわっ!びっくりした。」
彼の直上から聞こえる鐘の音はその建物が小さな教会であることを表していた。彼の視線の先にはその教会の裏口と思わしき小さな扉があった。
「…ちょっと疲れたしお邪魔するか。」
教会の中は薄暗くもの寂しい印象を強く与えた。掃除こそ隅々まで行き届いているが、建物自体の古さを隠すことは出来ておらずいなかった。剥がれかけた壁や朽ちて崩れ始めている柱はこの教会が人々から忘れ去られた場所だと伝えてくる。正しい入口だと思われる大きな扉の上に備え付けられた円窓から差し込むか細い光だけが教会内を照らした。中に人の気配はなかった。木製の長椅子に腰かける。ギシりと全体重を預けるには不安になる音が鳴ったが大丈夫そうだ。目前には大きな女神の石像が立っている。どうやらこの教会における信仰の対象らしい。ひびの走る石像をぼーっと眺めていたら少し眠たくなってきた。はしゃぎ過ぎたのだろうか瞼が重くなる。思考が緩やかに閉じられていく最中、コツコツと足音が遠くに聞こえた。そういえば誰が鐘を鳴らしたのだろうか。その答えを見つける前に睡魔は完全に体を包み込んでいた。
どのくらい眠っていたのだろうか。円窓から差し込んでいた光はとっくに絶え、代わりに数本の蝋燭の灯が女神像を不気味に照らす。体を起こすと薄いブランケットが肩からずり落ちた。
「あ、起きた。」
と同時に女性がする。
「眠る時も鎧を着て…重たくないんですか?」
声のする方を見るとそこには修道女が立っていた。彼女はいそいそと床に落ちたブランケットを畳みながら彼に話しかけた。
「驚きましたよ。鐘を鳴らしてるほんの少しの間に、騎士様がいつの間にか教会に入っていて眠っているんですから。」
「あーすんません。勝手に入ってしまって。」
そう言いながら彼女のローブを見ると裾の部分が継ぎ接ぎになっている。恐らくは破れた物を何度も修復しながら使用しているのだろう。ベールの下に見えるブロンドの髪の毛も手入れが行き届いていないのかごわついていて、毛先が裂けていた。
「休ませてもらってどうも。すぐに出ますから。」
立ち上がり足早に扉へと向かう彼に修道女の彼女は慌てて声を掛ける。
「もう外は暗いですよ?。教会は憩いの場であり休息の地。まぁ見ての通り、豪華なもてなしとまではいきませんが。せっかく寄ったのです。今夜だけでも泊っていかれては?」
「それは有り難い提案だけど…俺支払える金ないよ?」
「お代なんて結構です。感謝の言葉も私ではなくあちらの女神様にお願いいたします。」
彼にとってこの修道女の提案は幸運だった。今外に出てもあのローブの連中がまだ探しているかもしれない。それに彼女から色々情報を仕入れる事もできそうだ。
「私の名はモニカ。生涯聖職者ですので姓はございません。貴方は?」
「俺は…ガラハッドだ。俺も生まれつき姓はない。よろしくシスターモニカ。」




