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「因果は巡る」~努力と成長の物語~  作者: COM


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商人見習いになる

商業ギルドに志願するには、最低限の計算力が必要だった。

紙とペンではなく、そろばんのような計算機を使うのが、この街のやり方だ。

和也は、その使い方を知らなかった。


教会に戻ると、そのことをシスターに伝えた。

どうすればいいのかまでは、口にしなかった。


シスターは少し考えてから、倉庫へ向かい、戻ってきた。

手にしていたのは、古いそろばんと、一枚の紙だった。

「これ、使いなさい」


そろばんは木の枠が少し欠けていて、玉の動きも滑らかではない。

紙には、簡単な図と短い説明が書かれていた。


「昔の帳場で使っていたものよ」

「詳しいことは、そこに書いてあるだけ」

それ以上は、何も言わなかった。


教えはない。

やり方を見せることもない。

和也は頷き、それを受け取った。


冒険者としての仕事を終えた後、和也はそろばんに触れるようになった。

最初は、数を並べるだけで手が止まる。

玉を動かす意味も、並びの規則も、すぐには頭に入らなかった。


説明書を読み、玉を動かし、また戻す。

間違えた理由は分からなくても、結果が違うことだけは分かる。


夜になると、シスターが一言だけ言った。

「無理はしないようにね」

それだけだった。


森へ行く日も、行かない日も、少しずつ触った。

数を合わせる。間違えたら戻す。

同じところで引っかかり、同じ計算を何度もやり直す。


ある日、気づいた。

数を見ても、手が止まらなくなっている。


早くなったわけではない。

正確になったわけでもない。

ただ、途中で分からなくなってやり直す回数が減っていた。


それだけだった。


商業ギルドの試験は、派手なものではなかった。

いくつかの計算をさせられ、道具の扱いを見られるだけだ。


帳簿を前にしたギルドマスターは、和也の手元を見て、淡々と告げた。

「最低限はできているな」


合格だった。

特別な言葉はなかった。

期待も、評価も、そこにはなかった。


見習いとして紹介されたのは、小さな商店だった。

通りの端にあり、客足も多くはない。


店主は、和也を一瞥して言った。

「分からんことは聞け」

「分かるふりはするな」


それだけだった。


最初の仕事は、品物を運ぶこと。

次に、値札を覚えること。

帳簿に数字を書き写すこと。


会話は少ない。

必要なことだけを、短く。

和也には、その距離感が助けになった。


教会での生活を思い出す。

話せなくても、役割を果たせば居場所はあった。

ここでも、それは同じだった。


失敗は、いくつもした。

釣り銭を間違えたこともある。

値段を覚えきれず、聞き返したこともある。

声が小さく、客に怪訝な顔をされたこともあった。


叱責はない。

ただ、淡々と訂正される。

「次は気をつけろ」


それだけだ。


数日経つと、同じ失敗は減っていった。

なくなったわけではない。

ただ、回数が減った。


帳簿をつけ終えると、店主は確認して、頷くだけだった。

「今日はここまでだ」


和也は礼をして、店を出る。

帰り道、手のひらを見る。

剣だこではない。

薬草の匂いもない。

紙と木の感触が残っているだけだ。


冒険者をやめたわけではない。

商店の仕事が無い日には、森にもまだ通っている。


今日できたことを、明日もできるようにする。

それだけで、今は十分だった。


教会の灯りが見える。

戻る場所がある。


それを確かめるように、和也は足を進めた。

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