因果の始まり
この物語は最後まで書き上げており、土曜日の週1投稿で最後まで予約投稿をしております。
拙い文章ではございますが、最後までお読み頂けたら嬉しいです。
夏の昼下がり、町の通りは静かだった。
蝉の声だけがやたらと大きく、時折、自転車のベルや遠くの話し声が混じるくらいだった。
佐藤和也は、特に目的もなく歩いていた。
どこへ行くわけでもない。駅とは反対の方向に、なんとなく人の少ない道を選んだだけだった。
歩きながら、和也は学校生活を思い返す。
クラスでいじめられているわけではない。
誰かに殴られたことも、物を隠されたこともない。
ただ、話しかける相手がいなかった。話しかけられることもなかった。
努力は苦手だった。勉強も運動も続かず、いつも周りと自分を比べては、ため息をつくばかりだった。
得意なことは、思いつかなかった。
スマートフォンを取り出して、画面を眺め、すぐにしまう。通知は何もなかった。
和也は心の中で思った。
「異世界に行けば、何か変われるかもしれない」
ネットやライトノベルで見たような、なろう系の主人公たちは、チート能力や奇跡で逆転していた。
「俺も……もし異世界に行ければ、何とかなるかもしれない」
無意識のうちに、未知の世界に飛ぶことを望んでいた。
歩道の端に、古い本が落ちていた。
表紙は黒ずみ、汚れが染みついている。
一度通り過ぎたが、数歩進んでから足を止めた。
拾い上げたのは、特別な理由ではなく、手持ち無沙汰の延長だった。
中を開くと、日本語で書かれていた。ただ、文字はかすれており、ところどころ判別できない。
文章としてはほとんど読めなかったが、何か不思議な力を感じた。
「これが何かの魔法書で、俺を異世界に連れて行ってくれたらな……」
閉じようとしたとき、ある一文が目に止まった。
「因果は巡る」
その文字を小さく読み上げた瞬間、視界が歪み、空間が崩れた。
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硬い感触が足の裏にあった。円形の石床には、複雑な模様が刻まれている。
顔を上げると、石造りの天井と、ざわついた人の声が聞こえた。知らない場所だった。
剣を腰に下げた男や、ローブ姿の女がいる。自分の服装だけが、場違いに見えた。
近くに居た男が声をかけてきた。
「珍しい服を着ているな、お前どこから来た?」
和也は口を開く。
「え……えっと、ここ……異世界……?」
心の中で、やっと自分の状況の重さを実感し始めた。
何か説明されているようだったが、頭に入らない。気づいたときには、外に出されていた。
町は大きく、石畳が続いている。建物はどれも古く、見たことのない世界だった。
和也は小さくつぶやいた。
「そう言えばステータスとか見れないのかな……」
彼は声に出して言ってみる。
「ステータスオープン!」
声が広場に響くが、何も起こらない。町の人々がこちらを不思議そうに見て、そのまま通り過ぎて行った。
再び和也は声を出す。
「あれ……おかしいな。魔法はどうだ?ファイア!ファイア!」
叫んでも、手元から何も生じず、広場の空気だけがわずかに揺れた。
和也は小さく息をつき、下を向いた。
「……やっぱり、簡単にはいかないか……」
心の中で、自分の思い描いていた一発逆転の幻想が、あっさりと砕けたのを感じた。
しばらく歩いてみたが、どうすればいいのか分からなかった。
誰もこちらを気にしていない。声をかけられることもない。
腹が減っていることに気づいた。
喉も渇いている。
人通りの多い通りで、立ち止まる。声を出すのに、少し勇気が必要だった。
「……すみません」
近くの三十代くらいの男が振り返る。
「どうした?」
言葉は自然だった。
和也は今の状況をそのまま話した。
どこから来たのか分からないこと。
男は途中で遮らずに聞いていた。
「なるほどな」
周囲を見回し、続ける。
「ここは冒険者の町だ。何もわからないのだろう?」
「教会なら、話は聞いてくれる」
「だが、その格好じゃ目立つ」
言われて自分の服を見る。改めて、この町では浮いていることを認識した。
「裏を通ろう。人の多い道は避けた方がいい」
男は歩き出す。ついて来いとは言わず、先に進む。
少し迷ってから、和也は後を追った。
通りから外れると、人の気配が減った。
建物の影が濃くなり、壁が近づく。
そこで、背中を押された。
何が起きたのか分からないまま、頬に衝撃が走る。音がして、視界が揺れた。
次の瞬間、地面に手をついていた。
男は和也の体をまさぐり、持っていたものを次々と引き剥がす。
最後に、服を指さす。
抵抗する考えは浮かばなかった。言われるままに服を脱ぎ、靴も脱いだ。残ったのは、下着一枚だけだった。
体が小刻みに震え、顔が熱くなるのを感じた。
それでも、和也は抵抗することを思いつけなかった。
男はそれらをまとめて抱えると、何も言わず路地を出て行った。
一人になると、音が戻ってきた。
遠くの話し声と、足音。
和也はその場に座り込み、しばらく動けなかった。




