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エピローグ 「彼の記憶が、風になる日」



春の風が、頬を撫でた。

その感触が、どこか懐かしくて胸が締めつけられる。


校庭の桜の下。

毎朝通っていたはずの道を歩くたび、

私は思い出そうとする――“誰か”のことを。


名前も、声も、姿も思い出せない。

けれど確かに、その人は“ここ”にいた。


ノートの端に残された文字。

「春川はるか」――その下に、薄く書かれたもう一つの名前。

それは、滲んで読めなかった。


教室の窓際。

そこに座るはるかが、時折ふと遠くを見つめる。

その瞳の奥に、見えない“誰か”がいるような気がする。


風が吹くたびに、光が揺れる。

まるで、彼の笑顔がそこにあるかのように。


私は小さく呟いた。

「ねぇ……あなた、見てる? ちゃんと戻ってきたよ」


誰もいない空間に問いかける。

すると、不意にノイズが走り、

耳の奥で、懐かしい声が囁いた。


――ありがとう。


涙がこぼれた。

でも、それは悲しみじゃない。

たしかに、彼は“いた”のだと信じられたから。


空を見上げる。

淡い春の光の中、

ひとひらの桜が頬に触れ、風に乗って舞っていった。


その瞬間、私は確信する。

彼はもう、この世界のどこかで――

“記憶”ではなく、“存在”として、生きているのだと。


静かに笑みを浮かべ、私はノートを閉じた。

新しいページをめくりながら、

心の中で、もう一度だけその名を呼ぶ。


「――さようなら。そして、おかえり。」



---




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