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第2章 彼女は知っている


放課後。

教室に残るのは、窓から射し込む橙色の光と、紙の擦れる音だけだった。


クラスの誰もが帰ったあと、私は一人、机に突っ伏していた。

今日一日、ずっと息を詰めていた気がする。

話しかけられても、笑い返すだけ。

“春木はるき”として、普通に振る舞うことに必死だった。


――疲れた。

心の中でそう呟いたとき、背後から声がした。


「……ねぇ、あなた」


顔を上げると、窓際に一人の少女が立っていた。

長い黒髪が風に揺れて、瞳だけがまっすぐこちらを見つめている。


「な、何?」


彼女は少し首をかしげ、言葉を選ぶように口を開いた。


「あなた……“春木はるき”じゃないよね?」


その瞬間、背筋が凍った。

まるで、誰にも言えなかった秘密を、突然暴かれたみたいだった。


「ど、どういう意味……?」


「うまく言えないけど、昨日までと“気配”が違うの。

あなたの席、私の前でしょ? いつも見てたからわかる」


いつも見てた?

それは、どういう――?


彼女の名前は、桐谷きりたに玲奈れいな

クラスでも少し無口で、あまり他人に興味を示さないタイプだ。

けれど今の彼女は、何かを確かめるように、真剣な目をしていた。


「ねぇ、昨日の放課後……“春川はるか”って名前に、聞き覚えある?」


空気が、静止した。

この世界で、初めて“その名前”を口にする人間が現れた。


喉が、乾く。

返事をしようとしても、声が出なかった。


玲奈は、ゆっくりと一歩近づく。

その瞳に、夕陽が映っていた。


「やっぱり。あなた……消えた“あの子”のこと、知ってるんだね。」


彼女の言葉に、心の奥で何かが崩れ落ちた。

“はるか”が消えた世界。

でも――彼女だけが、“私”を覚えている。



---


その日を境に、私は玲奈と話すようになった。

彼女だけが、私の“存在の記憶”に触れることができる。


けれど同時に、彼女には“別の秘密”があることも、

まだこのときの私は知らなかった――。



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