第1章 戸惑いの日常
朝。
鏡の前で、私は――いや、“俺”は――ため息をついた。
見慣れない顔。
整いすぎた眉、少し鋭い目つき。
まるで、少女漫画に出てくる王子様みたいな顔をしている。
「これ、どう見ても……男子だよね」
口に出すたび、胸の奥がひゅっと冷たくなる。
声が低い。
手も大きい。
スカートを穿こうとしたら、違和感がすごくて思わず脱いだ。
制服のシャツを着ようとして――気づいた。
私の制服じゃない。
ネクタイ、ブレザー、ズボン。
タグには、「春木遥」という名前が縫い込まれていた。
「……春木、遥?」
――私の名前は、春川はるかだったはず。
似てるようで、全く違う。
まるで、“はるか”という少女の記憶を持った別の誰かみたいだ。
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家を出ると、母が声をかけてきた。
けれど、その声は私の知っている“母”の声じゃなかった。
「はるき、もう遅刻するわよ。朝ごはん冷めるよ?」
「……うん」
母は、にっこり笑った。
私の“母”にそっくりな顔で。
けれど、“娘”を呼ぶ声じゃない。
息子を呼ぶ声だった。
胸が、ざわついた。
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学校に着くと、誰も私を不審がらなかった。
教室に入ると、クラスメイトが当たり前のように声をかけてくる。
「おはよー、はるき!」
「昨日のバスケ練、マジきつかったよな〜!」
「……え、バスケ?」
私、バスケなんてしたことない。
体育は見学組だった。
なのに、男子たちは笑いながら“俺”の肩を叩いてくる。
――どうして、みんな“春木はるき”を当たり前に知っているの?
――どうして、“春川はるか”はいなかったことになってるの?
誰にも言えない。
信じてもらえるはずがない。
だから私は――
黙って、彼らの世界に溶け込むしかなかった。
だけど、放課後。
窓際の席に座る、ある少女が、じっとこちらを見ていた。
彼女の瞳が、確かに言っていた。
「あなた、前と違うね」と。




