全能な全盲
その人は、いつも「わかってるよね?」って顔をしていた
何も説明しない
言葉も選ばない
ただ、自分の中の前提が、私の中にも同じ形で存在していると信じ切っている顔だった
朝の会議で、上司が冗談交じりに言った言葉に、彼女はわざとらしく笑った
「いや〜、部長もああいう言い方しちゃうから困るよねぇ。〇〇さん、あれで結構傷つくタイプだよ、きっと」
そのときの彼女の口ぶりは、私に対する共犯の誘いだった
「私たち、同じ目線に立ってるよね」とでも言いたげな
私はただパソコンの画面を見つめて、聞こえなかったふりをした
違うよ
私は、そういうふうには見ていない
彼女の視界にある景色が、そのまま私の中にも投影されてると、どうして思えるんだろう
彼女の「常識」や「正義」や「感じ方」が、そのまま私にも当てはまると思ってる
こっちはそんなフィルター通して見てないのに
たとえば、飲み会で上司がやたらと距離を詰めてきたときも
私は「怖い」と思ったけど、彼女は「ウザい」で片付けた
翌朝の休憩室で、彼女は当然のように「昨日のあれマジキモかったよね」と笑い飛ばしてきた
「ね? そう思ったでしょ?」という目をして
どうしてそんなに、勝手なんだろう
私は、あのとき怖かった
無言で、無表情で、グラスを握りしめて耐えていた
でも彼女にとっては、軽口のひとつだった
「私たち、同じ世界に生きてる」なんて、よくも言えたなって思う
彼女が勝手に私を「理解している」つもりになっているのが、何より嫌だった
傷ついてる人間のそばに寄り添ったつもりで、全然違う場所から声をかけてくるあの感じ
「わかるよ、私も同じだったから」
──同じじゃない
どうして「違う」ってことを想像しようとしないんだろう
何を見て、何を怖がって、何に怒るのか
人によって全然違うはずなのに、自分が見えてるものだけが正しいと思ってる
まるで、人生がひとつの地図で描かれてるとでも思ってるみたい
でも実際は、それぞれが自分の地図を持っていて、道の名前も色も、まったく違うんだ
それに気づいていない人ほど、「一緒だよね?」と無神経に聞いてくる
本当に一緒だと思うなら、どうして私の顔をちゃんと見ないの?
私は今日も、彼女の言葉に首を縦には振らなかった
彼女が求めている共感のかたちに、無理に自分を合わせるのはやめた
たぶん彼女は、こう言うんだろう
「最近、冷たくなったよね」って
ちがうよ
やっと、自分を守れるようになっただけだ