第3話 幕開け
次の日授業が終わると、優は速攻で家に帰った。
「おかえり優、そろそろ夕飯できるからねー」
「うん」
愛菜への簡単な返事を済ますと、手も洗わずに2階の自分の部屋へ向かう。
部屋に入ると、昨日拾った真っ黒のケースが、机の上にただ一つ置かれている。このケースの異様な雰囲気には、見るたびに惹きつけられてしまう。
もう一度、ケースを開けて中を確認する。そこには、手のひらサイズの小さなナイフが入っていた。不気味に歪曲した黒紫色の刃は、ブラックホールのように光を喰らい尽くす。対照的に、柄の部分は真っ白の布で覆われており、刃のブラックホールを鎮めているようだ。
優はこのナイフを今、初めて手に持った。大きさの割に、ズッシリと来る重さ。一体どんな素材で作ったら、こんなに重くなるのだろうか。
感心してると、ケースの中にまだ、一枚の折り畳まれたメモ用紙が入っていることに気づいた。どうやらナイフに気を取られすぎて、これの存在に意識がいかなかったようだ。
一体何が書かれているのだろうか。
優はメモを手に取り、開くと、
"人間制圧兵器【絶対ナイフ】
小指に傷をつけることで、つけられた者はナイフの使用者の命令に一度だけ従う。"
優は呆れた。
相手を操れる能力なんて、小学生いや幼稚園児でも信じない。
直前までナイフに魅了されていた優は、このメモによってナイフの価値を台無しにされた気がして、腹も立ってきた。
きっとこのナイフ、いや「絶対ナイフ」の持ち主がふざけて書いたのだろう。
人間制圧兵器という物騒なネーミングセンスに、優はむしろ感心さえしながら、このメモをグチャグチャに握りつぶす。
ゴミ箱に捨てようとしたその時、姉が部屋に入ってきた。慌ててメモを手の中に隠す。こんな恥ずかしいの、見られるわけにはいかない。
「優、ご飯できたよっ。ってなにそのナイフ。あんたこんなものに興味あったんだ」
愛菜が嘲笑うような口調で、ナイフを取り上げる。
「いや、拾ったんだ。あんま見ないでくれ!」
優は慌てて姉からナイフを取り上げた。
そのとき
「イッタっ!」
姉の手から血が出た。刃が歪曲しているせいで、本当に危ない。
「だ、大丈夫?」
「うん、かすり傷だし。そんなことはいいから、さっさと元の場所に戻してきなさい!」
よくみると、小指にも傷が入っている。
・・・。
優は決してこのナイフの能力を信じているわけではない。しかし、ずっと叶えたかったことが冷静さを奪い、優の口を開かせた。
「姉ちゃん、僕にハグして」
「うん、わかった」
その直後、愛菜は駆け寄り、優を思いっきり抱きしめた。
ぎゅうーっと暖かい温もりを感じる。
幼い時から愛菜が母のような存在だったが、今この瞬間まで一度もハグされたことはなかった。優は、母の愛情のようなものを感じ、思わず数滴の涙をこぼす。
「姉ちゃん、いきなりどうしたの?」
「・・・」
返事がない。愛菜の顔を見ると、目がうつろになっていた。まるで何かに操られているように・・・。
「ナイフだ!」
つい、声が出た。
優は確信した。愛菜は冗談でもこんなことは、絶対にやらない。このナイフ、いや絶対ナイフに操られたのだ!
「ギャー!え、私今、何してんの?!」
「イタイッ」
ようやく愛菜が意識を取り戻し、反射的に優を叩いた。
「うわー、マジ・・・。ホントありえない!」
愛菜はよほど嫌がっているようで、
「姉ちゃん、そんなに言わなくても・・・」
「はあぁー?優に抱きつくなんてマジやだ!あんたも、なんで受け入れてるのよ!」
いくら優にとって母のような愛菜といえども、所詮は姉と弟である。
「はぁー・・・。優、もういいから早く夕飯食べに来て」
「うん・・・。」
愛菜の様子をみた優は、申し訳ない気持ちに駆られた。あの嫌がりようには多少思うところはあるが、優が愛菜を操ったのは事実である。
優は絶対ナイフをこれ以上使用しないと決心した。いや、これ以上使用してはいけないと感じた。
絶対ナイフを、クシャクシャにしたメモと一緒に真っ黒のケースへ戻した。
これから絶対ナイフをどう廃棄しようかと考えていた時、
そういや、もう一つは置いてきた!!やばい!これが悪用されたらとんでもないことになる。
そう思うや否や、姉が驚いた様子で再び優の部屋に入って来て、スマホを見せてきた。
「ねえ、コレ見てみ!スクランブル交差点で、2000人が奇声をあげながら横断歩道を封鎖!やばくない?」
嫌な予感がして、姉のスマホを取り上げた。そこには奇声をあげている人々の映像が流れている。画面から確認できた数名には小指に傷が入っていた。
優は急いで家を飛び出して、手提げ金庫があった場所へ向かった。
嫌な予感は的中した。
昨日確かに一本残しておいたのに、中には何もなかった。
あのニュースは、もう一つのナイフを手にした者の仕業に違いない。くそ、僕が一つ残しておいたせいで、2,000人もの被害者が出てしまったじゃないか!
警察や国に報告しようか。いや、それでは国がこれを支配に利用してしまう恐れがある。それだけは絶対に避けなければならない。
・・・。
仕方ない…。
自分が責任を持って取り返そう。
こんなの怖くてやりたくないが、僕が招いたことだ。それに、万が一姉に危険があってはならない。
二つとも揃ったら、廃棄してしまおう!
こうして、もう一本の絶対ナイフを追う物語が幕を開けた!!