第2話 発見
「皇我、早く起きなさい!京太郎君が待ってるわよ!」
佐田皇我は、激しい雷雨のせいで全然眠れなかった。耳が極端に発達しているため、音には敏感なのだ。
「姉さんか…。もう少しで起きるから待っ…」
ザブンッ
皇我の言葉に一切耳を貸さずに、布団を引っ張り上げる彼女は彼の姉、佐田愛菜。今は姉弟2人で暮らしており、皇我にとって愛菜は母親のような存在である。
皇我がリビングに入ると、坊主頭の大きな男がソファーで読書をしている。彼の名は田口京太郎。小さい頃から佐田家によく遊びに来ており、皇我の大切な親友である。
田口は優に気づくと、本を閉じてヌゥーっと背伸びをすると
「皇我〜w。なに寝ぼけた顔してんだよ。早く行こうぜ、俺たちの担任、遅刻には厳しいの知ってるだろ?」
「あはは、ごめんごめん。でもこの僕が遅刻なんか、するわけないだろー」
「いいから早く着替えろってw」
皇我の余裕ぶりに田口は笑っているが、愛菜は呆れてかける言葉もなく、黙っている。
2人の待ち合わせは佐田家なので、これはいつもの光景だ。しかし、いつもは田口が佐田家に着く頃には、皇我も準備は整っているのだが。
皇我は田口と愛菜、特に愛菜に急かされながら、朝ごはんも食べずに家を出た。
◇
京太郎の後を追うように、優が教室に入る。さっきまで熱心に自習をしていたクラスメイト達が、優と京太郎に目を向けた。が、すぐに勉強に戻る。
そして目の前には担任「剛田」がこちらをギロリと睨みつけている。いつも威圧感のある剛田が、いつにも増して怖い顔で、クラスの空気を張り詰める。
「佐田、田口!遅刻ではないが、10分前着席は忘れてたのか!罰として腕立て50回!」
「なにやってんだよ、お前らw。ここ、東準は日本3本の指に入る超名門校!そんなことすらできないなんて生徒失格だそw!」
必要以上に煽ってくるこの男は、和田武士郎。まさかこの男が、クラスで4番目に頭が良いなんて、最初は誰も思いもしなかった。
正直優にとってこのタイプは苦手であるため、なるべく関わらないようにしている。今みたいに煽られても、苦笑いで対処する。
それとは対照的に、京太郎は「やっちゃったー」という顔で、場の緊張を和らげる。彼には、あの剛田も呆れた表情だ。ポジティブで人柄の良い京太郎のことが、優にとっては少し羨ましい。
優は、無事に腕立てを終わらし席に着くと、後ろの席にいる女子が話しかけてきた。真っ黒の透き通った髪を触りながら、
「佐田さん、今日はどうしたんですか?あなたが遅刻ギリギリなんて珍しいですね。」
彼女は獅子園伽耶。旧財閥である「獅子園」財閥、現:獅子園グループの令嬢である。つまり、富裕層が多いこの東準においても、トップレベルのお嬢様であるというわけだ。
そんな彼女に向かって、まさか雷が怖くて寝坊しましたなんて言えるはずがない。
「いや、電車が遅延してて…」
「あら、たしか今日は全線平常運転だったはずですけど」
優の言い訳を一瞬でぶった斬る四ノ宮の返し!彼女の頭脳はクラスでもトップレベルだ。優が敵うはずがない。
慌てふためく優を横目で見つめながら、すぐ左の席の京太郎がニヤついている。
「あ、追求してしまってすみません!そうよね、誰にでもこういうことはありますもの」
「いや、いいんだ。心配してくれてありがとう」
授業が終わり、帰りのホームルームのあと、優は1人で教室を後にした。京太郎はバスケ部に所属し、優は部活に入ってないため、帰る時だけお互い別々だ。優にとって姉と過ごす時間は、ほかの何にも変えられない至福の時間なのである。
◇
立派な赤色レンガで造られた校門を潜ると、すぐそばで川が流れている。土手のすぐ近くに高校が建っているため、いつもは運動部員が土手をランニングしている。しかし今日は足場が悪く、見渡す限り人はいない。
昨日は雷雨であんなに荒れていた川が、今では嘘みたいに穏やかだ。
っと、川の穏やかさに心を奪われていると、
昨日まで川が覆っていた土手の斜面から、金属ラシき物がひょっこりと顔を出しているのを見つけた。気になって優は、土手を川側へ降りてみる。
よく見ると何かが埋まっているようだ。普段ならスルーをする優も、睡眠不足による謎のテンションに駆られて掘り返してみることにした。
30分ぐらいだろうか。近くの大きな石を使って黙々と掘り進める。ようやく取り出せたものは、スーツケースいや、金庫みたいなバックだった。かなり頑丈な作りとなっている。鍵部は壊れていたので、持ち手近くのボタンを押したらすんなりと開いた。
もしかしたら大金が入ってるんじゃないかと期待した優がバカだった。中には真っ黒な金属ケースが2つあり、それぞれに「ナイフ」が一本ずつ入っていた。奇妙に少し歪曲した、小型のナイフである。その刃の持つ紫がかった黒色は太陽の光を一切反射しない。
一応辺りを見回すも、誰も人はいない。
一瞬で心を奪われた優は、二つのケースのうち一つだけを自宅に持って帰ることにした。忘れ去られたであろう落とし物といえども、二つとも盗ってしまうのはどこか罪悪感を感じたからだ。
真っ黒のケースを、リュックの奥の方に入れ、再び土手を上がる。手にはすこし泥がついていたが、そんなことに気づかないくらい、優の心はナイフへの好奇心と、寝不足による謎のテンションに支配されていた。
自宅に戻ると、姉が夕飯の準備をしていた。早速中身を確認してみたかったが、土手で格闘を繰り広げた優にはそんな気力は残っていない。
続きは、明日の放課後にやることにした。
このとき優は知らなかった。一刻も早くナイフを確認すべきだったことに…!