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第1話 義勇の脱走

 「つ、ついに完成したぞ…!」


迫りくる興奮を周囲にバレないよう必死に抑えながら、八雲英作は小声で叫ぶ。


現在、午前3時15分。研究所といえども、この時間帯になると、作業しているのは八雲を除き、数えるほどしかいない。


彼は急いでPCのデータを消去し、10メートル程先にある完成品へ向かう。


そこには、データを受信し、実験体にプログラムするための特殊な金属台があり、その上に完成した2本の「杖」が置かれていた。


そしてその目の前に大柄な監視員Aが1人、睨みつけている。


「どうしました?八雲課長…。ご存知とは思いますが…。こちらの杖、いやヘルツケーンの持ち出しには、所長の同伴が必要となります」


「もちろん知ってるさ。だけど、今回だけ特別に…。私に持ち出しを許可してほしい」


「駄目です!このことがバレればどうなるか、貴方も分かってるでしょう!私にも家族が居ますから…」


少し沈黙が流れたあと、八雲は賭けに命を託すことを決める。目の前にある、このヘルツケーンが、成功品であるという賭けを!!


「その家族を守るために…!やらなくてはならないのだっ!」


八雲はこう叫ぶと、次の瞬間…!1本のヘルツケーンを手に取った。警報が、子を失った母鳥のごとく鳴り響く。


「やくもぉさぁんっ!!アナ、アナタは今、規律違反!」


監視員が銃を取り出すよりも速く、八雲は手に取った1本のヘルツケーンを監視員の手に接触させた。


「私をここから脱走させてくれ!」

八雲はそう言うと、


「はい、八雲課長をこの研究所から脱走させます」

監視員Aは人が変わったかのように、あっさりとそう答えた。


その時、警報の音で目を覚ました1人の研究者が

「八雲課長!な、何をしてるんですか!警報が鳴ってま…」


バンッ


突然銃声が鳴り響き、倒れる。

銃を持っていたのは、監視員Aだった。


ヘルツケーンは成功品だった。八雲は確信し、今持っている一本と、まだ金属台に置かれているもう一本を盗む。


突然の警報、そして銃声で騒然としている隙をつき、八雲は従わせた監視員Aとともに階段へ向かう。右手で、ヘルツケーンが入った手提げ金庫を握りしめながら…。


ここは3階。出口がある1階へ大急ぎで降りる。八雲には降り慣れた階段であったが、この時だけはなぜか、一段一段がとても深く感じた。


無事に一階に着くと、すぐ目の前にメインエントランスある。が、それは出口に使わない。なにしろ、警報により20人以上の監視員が銃を持って構えているからだ。


使うのは、非常口。そこは監視員はいない。


「八雲課長、そんなに急いで何があったんですか?!」


「あぁ、まあ…。いろいろとね」

途中、受付嬢に声をかけられたが、返答してる余裕などない。


八雲は狭い通路を通りながら、ようやく非常口へとたどり着いた。

しかし、肝心の出口はパスワードで厳重にロックされている。


「君、これ…。解除できるかな?」


連れてきた監視員Aは無言で、パスワードを打ち始める。どうやらかなり長いパスワードらしい。

その時…!


バンッ


銃声が狭い通路を伝って鳴り響く。銃弾は八雲の腹部スレスレを通り、扉へ食い込む。

後ろを見ると、もう1人の課長である吉良和歌子が立っていた。長い髪をした、八雲よりずいぶんと若い女性である。周囲には銃を構えた監視員が3人いる。


「吉良課長か…。はぁ…。追いかけてきたんだね…」


「八雲課長ぉ。ヘルツケーンを持ち出したのは貴方だと思ってましたぁ。その監視員があなたを逃がそうとしているということは…。成功したのですねぇ、ついに!ヘルツケーンが!!」


「あぁ。だが、これを君たちに渡すつもりはない。私は家族、いや国民を守るために使う」


「はぁ〜。そういう正義感、もういいですからぁ。私たちが幸せになれれば良いじゃないですかぁ」


よくやく扉のロックが解除され、ゆっくりと外の世界が開かれる。時間的に空はまだ真っ暗であるうえに、どしゃ降りの雨で視界が悪い。周囲に広がる木々が奏でる音を聴くと、決して歓迎されてはいないようだ。


「吉良課長…。やはり貴方とは、分かり合えないな…」


八雲はそう言うと、外の世界へと足を運んだ。雨でぐちょぐちょになった芝生が八雲の足を引き摺り込もうとするも、着実に前へ進む。

監視員Aは彼を守るため、吉良の周りの者を撃ち倒す。が、続々と来る監視員に、Aはなす術もなく倒れる。


八雲は後ろを振り返ずに、前だけをみて、必死に走り始める。


「皆さぁん、あれのつくり方、あの人しか知らないので、殺してはいけませんよぉ」

吉良が何か言っているが、八雲には聞こえていない。


何度か銃声が聞こえるも、幸運にも八雲には当たらず、無我夢中で木々をかいくぐる。


   ◇


 1時間程歩いただろうか。なんとか橋の上までたどり着いた。下では、濁流がものすごい勢いで流れている。

この橋を越えれば、人間の街が広がっている。そこに行けばなんとか逃げ切れるだろう。

八雲が安堵したその時…!


ヒュンッ ヒュンッ


「アガッ…!うぅ…!」

2発の"矢"のような物のうち、ひとつが八雲の左足太ももに突き刺さる。倒れこみながら見た橋の端には、吉良が立っていた。


「おぉ〜!刺さった、刺さったぁ!ねぇねぇ!私の自信作、どんな風に感じますかぁ?」

吉良は不気味な笑みを浮かべながら、徐々に八雲の方へ近づいてくる。


「き、君1人か…。こんなやり方…」


「せっかく悪人になってくれたんだから、実験に利用しない手はないですよぉ。ねぇ、足が壊死していくの、どんな感じですかぁ?」


吉良は自分の作品に夢中になってるせいか、まだヘルツケーンが入った手提げ金庫を取り上げようとはしない。


八雲は隙をついて、最後の力を振り絞り、両手と健在な右足に全体重をかけ、跳び上がる。それも手提げ金庫を握りしめたまま…。


「ウガァッ」


そして

ザブンッ


濁流の中へ飛び込んだ。

その直後には彼と手提げ金庫はすっかり何処かへ消えていた。





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