滑り出す思い。
「今、何処なの?」
翔達との、待ち合わせ場所に、向かう途中、携帯が入った。待ち合わせ場所は、翔の、マンション近くらしいショッピングモールの駐車場だが、近くまで、来ると、何かのセールの最中らしく、渋滞になっていた。なかなか、目的地に、たどりつかない苛立ちと、凛の中え、夫、悦史に対する罪悪感が、頭をもたげてきた。
・・・不倫じゃないから・・・
自分で、言い訳してみた。翔とは、はずみで、キスしてしまったけど、それ以上は、何もない・・・。裏切っては、いない。翔と、杏奈のたっての願いで、一緒に、コンサートに行くだけだ。だけど、この罪悪感は、何だろう・・・。出掛ける前は、なかった罪悪感は、渋滞で、動けない車の、中で、凛を、捕らえて離さなかった。今なら、まだ、間に合う・・・。
「あの・・。」
かかってきた携帯に、凛は、話しかけた。
「帰ろうと思うの」
「えっ?」
「やっぱり、マズイと、思うの」
「一緒に行く事?」
「うん」
翔は、少し、怒っているようだった。
「今、何処なの?」
翔は、再度聞いた。
「近くまで・・・。Yモールまで、着てるの。看板のある所」
目で、追いかけながら、応えた。反対車線も、渋滞だ。ふと、見やると、見慣れた車が、差し掛かった。運転している女性の顔が、目に入った。と、いうより、凛が、携帯を、持ちながら、少し、息をのんだ。それは、会話していた翔の耳に届くくらい大きな息だった。
「どうしたの?」
目を疑った。助手席にいる相手は、凛の存在に気付いていない。シートを、低く倒し、外からは、見えないと、思っているのだろう。運転している女性と、親しげに話していた。その位置は、体を寄せ合い、2人は、仲のいい恋人にしか見えなかった。
「やっぱり行くわ」
自分でも、驚くくらい醒めた声だった。
「顔を見たいから」
「・・・」
翔は、驚いていた。そんな事を、凛から、言われると思ってなかったようだ。
「じゃあ。待ってるから。」
「うん」
「それと・・・。ひとつだけ、俺。嘘ついたから」
それだけ言うと、翔は、携帯を切ったが、凛は、よく聞いてなかった。今、見た情景が、反復していた。どうして、今まで、気が付かなかったのだろう・・・。あの、レシートの住所。あの時間に、あんな住宅外で、買い物している事自体不自然では、ないか。考え出したら、キリがない。目の前に、もう答えは、出ているのに、認めたくない一心で、否定していた。夫。悦史には、女がいる。
「そう・・。」
凛は、呟いた。知らないほうが、幸せな事が、ある。見なきゃ良かった。その現場さえ見なければ、自分は、平気だった。ありえない。そう言って、笑い飛ばす自身が、あった。でも・・・。凛の車は、ようやく、駐車場にはいる事が、出来た。車を、停め、凛は、普段に生活からは、遠のいていたハイヒールを、排他。こんなに、気持ちが、浮き出すのは、いつ、以来だろう。
・・・駐車場に、着いたよ・・・
メールをすると、翔が、上気した顔で、近づいてきた。
「待った?」
凛を、みつけだすと、声をかけてきた。思わず、吹き出す。
「おかしい?」
「だって」
待たせたのは、自分なのに。いつもは、あまり話さなくて、大人びて、みえた翔が、私服を着ていると、とても、幼く、子供じみてみえた。
「実は、少年だったんだ」
「今頃、気付いた?」
「はい」
凛は、翔が、まぶしかった。翔との会話に気を取られて、一つ、重大な事を忘れている事に気付いた。そう・・・。あの人の存在。
「杏奈さんは?」
「その事なんだけど」
翔は、自分の車に、乗るように、凛を促した。
「嘘つきました」
「はい?」
「あいつは、今日、いません」
「嘘?」
助手席で、シートベルトを、締めようとしていた手を止めた。
「だめだよ」
杏奈は、恐ろしい程、焼きもち焼きだ。そんな女の男の、運転する助手席に乗りたくない。
「あたし、後ろにいく」
後部シートに、移動しよと、するのを、翔は、とめた。
「いいんだよ。ここで」
「でも。杏奈さんが、嫌がるでしょう」
「どうして、そういうの?」
「付き合ってるって聞いたけど」
「終ってるんだ。ダメなんだ。」
翔は、苛立ちを、ながら車を、ゆっくりと、出した。
「重過ぎるんだ・・。あいつの思いは。」
そう呟いて、ハンドルを切った。凛は、今度は、自分が、助手席で、小さくなるのを、感じた。そう、人の目に、ふれないように・・・。願いながら。