恋人以上。
杏奈は、翔が好き。どんな事をしても、手に入れておきたい。好きで好きで、翔の気持ちが離れたと、判っていても、離れたくなどなかった。もしかしたら、凛と仲良くなっているかもしれない。女性の多い社内で、翔の話題が出た事があった。自分以外に女がいる。それは、もしかしたら・・・。杏奈の勘が告げていた。
「凛さん?」
凛に恋してる。間違いない。それは、紛れもなく、不倫。大切な翔が、そんな危険な恋に苦しんでいる。自分なら、翔を幸せに出来るのに。凛には、家庭がある。子供もいる。居ても、立っても居られず、何度か、凛のマンションに出掛けていった事がある。遠くから、凛のベランダにかかる洗濯物を見た日もある。凛の子供らしき姿を見かけたことも、何度かある。こんな許されない恋に翔は、身を投じている。
「翔・・。」
杏奈は、たまらなかった。昔のように、翔がほしい。
「一度でいいの・・。」
杏奈の怪しい雰囲気に翔は、気付いた。
「杏奈。駄目だよ。」
背にまわる杏奈の手を押しやった。
「俺には、好きな人が出来たんだ・・。」
「それでも、かまわない。翔。あたしをかわいそうだと思う?」
「思わないよ。杏奈。君は、魅力的だし、若い。俺なんかより、もっと、いい奴が現れる。」
妹のように、可愛い。そう翔は思った。恋人だった。だけど、いつしか、杏奈の思いは、翔に重荷になっていた。
「翔がいいの。」
翔に顔を見上げた。何度も、唇を重ねた。それが、目の前にある。
「翔でなきゃ・・。駄目なの。」
「杏奈・・。」
杏奈がいじらしい。一度でも、好きになった女性だ。嫌いでも、憎い訳でもない。ただ、恋人では、いられないという事だけ・・・。
「恥かかせないで。翔。」
杏奈は、翔のシャツの中に、手を押し入れた。それを、黙って、翔は、押し戻した。
「どうしてなの?翔?あたしが、あいつと、キスしたから、怒っているの?」
「違うよ。杏奈。俺達・・。終ったんだろう。俺は、一緒にいたい子ができたんだ。」
「そうなの?」
杏奈の動きが止まった。
「ごめん。これが、答えなんだ。杏奈の幸せは、俺が一番、願っているから・・。」
「いや!」
「杏奈。気持ちは、変えられない。」
翔は、凛への気持ちを杏奈に告げようと思っていた。
「いずれ、判ると、思う。俺は、あの人と一緒になる。」
「不倫でしょう!」
杏奈は、大声を上げた。
「叶う筈ない。相手には、旦那様や子供だっているのよ。それに、年上でしょう?翔?どうして、そんなリスクのある人好きになるの?」
認めたくなかった。
「好きになったから・・。杏奈。判るだろう?好きになったら、傍に居たいという気持ち。俺達だって、最初そうだったろう?」
残酷だが言った。
「わかるけど・・。」
翔の目を見た。いつもと変らない目をして、杏奈を見つめていた。いつもなら、ここで、キスを交わし、翔は抱いてくれた。でも、もう、それは、起こらなかった。
「もう、終わりなの?」
「そうだよ。おわっているんだよ。」
穏やかな翔の声だった。
「あたしは、翔が好き。だから・・。翔?」
翔の心には、もう、凛しかいない。もう、杏奈の心を受け入れてはくれない。それが、身にしみて、わかった。
「その人に、振られたら、あたしの事、思いだしてくれますか?」
「いつだって、杏奈の事は、思っているよ。恋人には、なれないけど、大切な人だよ。」
恋人には、なれない。そう聞いて、杏奈の両目から、涙が溢れ出した。
「わかった。」
翔が優しく、杏奈を抱きしめた。それは、兄のように優しい温もりだった。