離さない。
「何が、あったんだ?」
翔は、驚いて杏奈を見下ろしていた。所々、擦りむいたらしいキズが、いたる所にあった。手の甲には、痣まであった。
「翔・・。」
杏奈は、泣きはらした顔で見上げた。
「ちょっと・・。」
それ以上、言おうとしない。
「ちょっと?」
翔は、更に聞いた。
「ちょっと、と言う様なふうに見えないよ。」
「うん・・。」
翔が、心配してくれるのが、嬉しかった。でも、それは、顔には、出せない。
「ちょっと・・。転んだの。」
そう言って、涙ぐんだ。
「転んだぐらいで、泣くの?」
翔は、杏奈を本気で心配していた。
「転んだだけじゃないよね?杏奈何があった?」
「うん・・。」
翔の関心が、自分に向けられている。そして、久しぶりに、翔が、自分の部屋にいる。その状況に酔っていた。
「あの・・。」
杏奈は、自分が、何を言い出すのか、思っても見なかった。
「無理に・・。」
「無理に?」
翔の口調が、怒っていた。
「無理に何かされたの?」
「大丈夫。少し、キスされただけ・・。」
「杏奈。」
顔つきが、きつくなった。
「誰に?」
翔が、自分と蓮のキスに嫉妬を感じている。杏奈は、嬉しかった。まだ、彼の気持ちが、自分にあると、誤解したのだ。
「会社の奴?」
答えないので、翔は、再度、聞いた。
「誰?」
翔の、両手が、杏奈の頬に触れた。
「新しく・・来た人。」
「あいつ・・か。」
「違うのよ、翔。拒否したの。でも・・。」
「杏奈。」
翔は、杏奈を抱きしめた。
「ごめんな。怖かったろう?」
「大丈夫。」
翔に抱きしめられて、杏奈は、背中にそっと、手を伸ばした。
「翔が、来てくれたから。」
「連絡が、とれなかったから・・。何か、あったのかと思って。」
「大丈夫だよ。翔。」
ぎゅっと、翔を抱きしめた。
「怖かったけど、もう、大丈夫」
「杏奈。あいつが、君を?」
「あたしが悪いの。隙があったから。」
「俺にできる事はある?」
翔が真剣に心配してくれるのが、嬉しかった。もっと、翔に抱きしめられていたい。
「翔。」
杏奈は、翔の耳元で囁いた。
「あいつが、ずーっと、つきまとっているの。怖いわ。」
「いつも、そうなの?」
「いつも、見られてる気がする。今、家には、誰もいないし・・。怖いの」
「誰もいないのか?」
杏奈のは、両親がいない。年老いた祖母と、離れた所に父親がいるだけだ。誰も、杏奈を守れない。
「怖い。翔。助けて」
杏奈に、すがりつかれて、翔は、悩んだ。
「どうすれば、いい?」
「少しの間で、いいの。ここに居て。」
「それは、杏奈。無理だよ。」
「少しでいいの。おばあちゃんが、帰ってくるまで。」
「杏奈・・。」
凛に事情を話し、断らなければ、無理だ。だとしても、凛は、許さないだろう。
「凛さんに、聞かないと無理よね。いいのよ。翔。帰って。」
杏奈は、ドアを指さした。
「あたしは、大丈夫だから。」
翔から、離れた。
「さよなら。」
強い目で、そう言った。
「杏奈。」
そう言われて、翔は、動けなくなってしまった。
「わかった。居るよ。少しだけ。」
「そう?無理しないでね。」
杏奈は、微笑むだけだった。翔が、思いどうりになったのだ。
「いつでも、帰っていいの。」
そう言いながら、杏奈は、凛の元へは、帰らせるつもりなどなかった。