待っている人がいる。
悦史の視線の先には、翔が居た。二人は、互いに、表情を変えず、見つめ合っていた。互いに、何者であるか、探ろうとする目に見えない争いがあったであろう。無邪気な優奈を間に、凛を巡る2人の男は、冷静なまま見つめ合っていた。
「あの・・。」
凛は、たまりかねて、声を上げた。
「結局、どうしたの?」
悦史は、凛に声をかけられたが、その視線は、翔に、向けられたままだった。
「荷物を取りに来た・・。」
「そうなの?」
「君も、その方が、良さそうではないか?」
悦史は、冷たく笑った。
「君も、俺も、あまり変わりないな・・。」
「ちょっと、あんた!」
翔が、悦史に殴りかかろうとするのを、凛が停めた。
「翔!」
「凛。いいから、殴らせろ!」
翔は、若いから、すぐ、熱くなる。それが、いい面でもあるが、悪い面でもある。自分の気持ちを隠そうとするあまりに、感情的になる事が、多々あった。悦史の行動を何かと感じていた翔は、一挙に怒りが、爆発した。
「凛。何があったか、大体、察視がつく・・。苦しんでいるんだろう?」
「いいの。いいんだから・・。翔。」
喉下まで、あの日、一緒に、フラワーパークに行った日に見た事を、言いかけそうになった。
「変ってしまった気持ちは、変えられないの。翔・・。」
悦史は、翔と凛が、もみ合うのを横目に、部屋の奥の、クローゼットに向かっていった。
「もう、あたしの知ってる悦史じゃないんだ。」
「お互い、時間が、流れすぎたんだ」
手近の、バッグに、荷物を積めながら、悦史は、応えた。
「もっと、早くに、話せばよかったんだな・・。」
優奈の、額に口を寄せた。
「優。また、少ししたら、来るから」
「パパ。何処に行くの?」
「パパが、助けなくちゃならない人がいるんだ」
「パパじゃなきゃだめなの?」
「そうなんだ。優奈。ごめんね」
「じゃあ。優奈。待ってるから、行ってあげて」
優奈は、持っていたクマの、ヌイグルミを、バグに、押し入れた。
「戻ってくるまで、持ってて。」
「ありがとう・・。」
悦史は、子供が好きだった。優奈を、可愛がり、ごく普通の、何処にでもある家庭だった。何処で、何を履き違えたのか、家族の形が変っていた。
「凛。」
後ろ向きに、声をかけた。
「少し、時間がほしい。」
「はい。」
「お互い、時間が、必要みたいだな・・。」
凛が、頷くと、悦史は、静かに、玄関から出て行った。翔は、ずっと、悦史と、凛のやりとりを見ているだけであった。