紙切れ1枚の恋。
悦史は、ずーっと、病室にいた。ピンクのカーテンが、甘ったるい匂いを一層強くしていた。ベッドの傍らに、腰掛、これからを悩んでいた。ほんの、軽い気持ちで、職場の女性と、仲良くなってしまった。凛から、逃げようとか、そんな気持ちもなく、軽い統合失調であるかのように、彼女といると、日常のそれを忘れていた。独身にかえった気持ちで、傷つく周りの事も考えず、相手、女性の逢いたい気持ちに、応えるかのように、逢っていた。もう、そろそろ引き際だろうと、思っていたら、女性が妊娠した。子宮外妊娠だった。自分にだって、娘がいる。それなのに、女性を、心身ともに、傷つけてしまった。子供は、流れてしまったが、彼女は、精神的にかなり不安定になっていた。
「桜織・・。」
悦史は、眠り続ける彼女に、声かけた。このまま、彼女を、一人で、おける訳がない。自分の蒔いた種を刈り取る時が、来ていた。
「ごめんな・・。俺が、悪かったんだよな・・。」
とり合えず、帰って、凛に何て、言おうか・・・。もう、凛は、確信している。以前から、匂わす行動は、していた。もう、結論を出す時だろう。
「凛と・・。別れるよ。」
ポツンと、桜織の寝顔に話しかけた。彼女が、願ってやまなかった事。一度は、離婚をしぶる悦史に、桜織は、区役所から、離婚届を、とってきた事が、あったっけ。
「辛い思いさせて、ごめん。」
届いたのか、桜織が、うっすらと、目を開けた。
「悦史・・。」
「ごめんな。」
「赤ちゃん・・。」
「うん。だめだった。」
「・・・。」
何も、応えない代わりに、桜織の、目尻を、涙が、流れていった。2人の間に、言葉は、なかった。
「どうしても。どうしても!」
優奈は、すっかり、翔を、気に入っていた。風呂から、飛び出すと、体を、バスタオルに包む間もなく、帰ろうとする翔を、引き止めていた。
「まったく、誰に似たんだか・・。」
翔は、苦笑いした。
「それは、私って言いたいの?」
着替えた来た凛が、顔を出した。
「そこまでは、言いませんが・・。っていうか、仕事。包んだよね?」
車の鍵を、優奈に取り上げられながら、翔は、言った。
「そのつもりに、なったけど・・。お願い。今日だけは、休ませて。」
手を合わせた。
「ん・・。わかった。で、理由は?言いたくないなら、言わなくても、いいんだけど・・。」
戸惑いながら、聞いた。
「そうね・・。」
ふと、遠い目をした。
「少し、時間を頂戴。言えるように、するから・・。」
「待ってる」
凛の肩に、そっと、触れた。その時、玄関の戸が、予告もなく、開いたのだった。
「パパ!」
さっきまで、翔の、車の鍵で、遊んでいた優奈が、駆け出していった。
「お帰り・・。」
「悦史・・。」
凛は、自分の顔が、凍りつくのを、感じた。
「凛。」
凛と悦史が、見詰め合った一瞬だったが、悦史の視線は、急に、横にそれた。
「どうも・・。」
軽く会釈をして、翔が、悦史の、方に、目を向けたのだった。
「凛。これは?」
悦史は、表情一つ、変えようとせず、彼女に問いかけるのだった。