どうして?
窓の端が、少しだけ、明るくなってきた。遠くから、鳥の声も聞えてくる。黄色とオレンジ色の光が、ベージュのカーテンを、染め上げていた。優奈は、翔を気に入り、なかなか、離れようとしなかった。しっかりと、握られた手の中に、翔の、Tシャッツが、しわくちゃになってあった。お腹が、冷えるからと、掛けられたタオルケットも、暑かったのか、遠くに蹴られてあった。
「朝になっちゃた・・。」
翔が、ぼそっと、言った。
「そうみたいね。」
凛は、膝を抱えたまま、答えた。
「このまま、こうしていようか・・。」
翔の頭が、凛の肩のところにあった。
「それも、いいかも・・。でも、重い。」
「良かった。軽いって、言われるのは、ショックかも」
ふざけて、全体重を、凛にかけた。
「重いよ。」
「でしょ?」
「前にさ・・・。こんな事あったよね。倉庫で」
「あった。」
「まさか・・。こうなるとは、思わなかった。」
「あたしも・・。」
翔は、何処か遠い目をしていた。
「でもさ・・。俺達のしている事は、悪い事なんだよね」
「・・・うん・・・。」
「だからさ・・。別れたっていうか・・・。逢わない方がいいって、思ったんだ」
「・・・うん・・・。」
凛は、頷いた。あの日に逢って、その後、翔が、冷たかったのは、そのせいだったんだ。自分も、同じ事を考えていた。
「まだ・・・。今なら、引き返せると、思ったんだ。」
「そうだよ。翔は、これからがある。恋をして、結婚して、赤ちゃん作って・・・。」
「これは、普通じゃないの?」
答えに詰まった。
「あたしじゃ・・・。翔。翔だって、親がいるでしょ?親を哀しませてはいけないと思う。」
「親は、関係ないよ」
「翔が、生まれた時、きっと、ご両親は、夢みたと思うの。それを、裏切っちゃいけない」
「あなたは、ダメなの?」
凛は、答えられなかった。まだ、翔の、夫、悦史に何があったかは、話してはなかったが、翔は、何から、気付いては、いるようだった。かと、いって、翔と家庭をつくっていこうとか、そんな気に、今すぐ、なれなかった。
「凛のだんな様が、羨ましい・・。」
翔は、そうつぶやくと、凛の肩から、頭をはずした。もう、近寄らないよとでも、言いたげに、すっと、体を、離すのだった。
「逢わない方がいい?」
翔は、哀しげに聞いた。
「逢ったら、深くなる」
冷静になれと、自分に言い聞かせながら、答えた。それでも、翔は、すがるような目をした。
「俺は、男だから。傷つくのは・・。」
「もう、傷ついてる。」
冷静に、考えると、翔と凛のしている事は、許されない事であると、判っていた。最初から、踏み越えてはいけない線が、そこにある。ほんの、軽い冗談で、かわした好意が、今、確実に、本気になっていた。自分達の将来を考えると、逢い続けては、いけない。それは、冷静に、考えた場合。押さえ続けた感情が、溢れ出そうだった。
「どうして・・・。一人じゃないんだ・・。」
膝に額をのせ、呟く翔が、愛しかった。
「翔・・。」
「ハグして。」
凛は、翔を軽く、抱きしめた。もう、戻れない。今まで、普通に過ごしてきた時間も、翔を通して、みる事になるだろう。翔と、少しでも、一緒にいたいと、心底願った。翔も、同じ気持ちだった。