そこに、行くから。
たぶん、自分が、今、こうして、何とか生きているのは、娘の優奈がいるおかげだろう。それでも、気力がわかなかった。水道の蛇口から、降りて来る水滴の音だけが、聞えていた。優奈が、凛を心配して、買い置きの、お菓子やら、パンを、凛に持ってきてくれたが、気力がわかない。
「ママ・・。」
動く事さえ煩わしく思う凛を、優奈は、気遣い世話をやいていた。あれから、悦史は、自宅に帰ってきてなかった。女の、入院している病院に、泊り込んでいるのだろう。
「優・・。」
ごめんね。こんなんじゃあ、母親失格だよね。なんとか、しなくちゃと、凛は、ようやく、実家の、母親に携帯をかけたが、優奈は、凛から、離れるのを、拒んだ。親子で、実家に帰ろうかと、思ったが、親にあれこれ、心配を、かけるのも、嫌だった。
「時々、顔だすから・・。」
心配した、凛の母親が、時折、顔を出す事を約束した。優奈は、持って生まれた気質で、凛の世話をしていた。
・・・何とかしないと・・・母親なんだから。
かろうじて、母親としての、責任が、凛を、狂いだしそうな現実から、守っていた。
「何か、美味しいの。作るね。」
優奈の大好きなシチューに、しようか。季節感は、ともなわないけど・・・。もう、仕事にも、行ってない。連絡する事さえ、忘れていた。もう、首は、覚悟の上だ。翔は、どうしているんだろうか・・・。忘れると決めた今、丁度、いい機会では、ないか・・。
「優。シチューで、いい?」
「うん」
言葉を、交わす母親の姿に、優奈は、少しだけ、安心した顔を見せた。
「聞いた?」
杏奈は、ロッカーの前で、すれ違った翔に、声をかけた。
「何が?」
翔は、しらないフリをした。たぶん、杏奈が、聞いてきたのは、凛の事だと、すぐ、判ったが、自分の気持ちを悟られるのが、嫌で、顔に出さないように、した。
「あの、女の人、ずーっと、来ていないんだって。」
「そうなんだ」
杏奈の、もっと、話したいという空気を、無視して、翔は、ロッカールームに、入って行った。
・・・何か、あったんだ・・・。
休むのに、連絡をしないような、凛では、なかった。予測、しない何かが、凛の身の上に、起きたとしか、考えられなかった。
・・・連絡するか・・・。
何があっても、凛には、連絡をしない。そう、決めたではないか。
・・・でも・・・。
嫌な胸騒ぎがしていた。
「凛」
翔は、迷わず、携帯を取り出していた。