影をみつめて。
目は、口ほどに、物をいう。良い事をいったものだ。翔は、決して、凛と目を合わせる事は、しなかった。凛は、翔の姿を目で追うが、翔は、避けていた。身近にいれば、居る程、凛を避け、声もかけなかった。ほんの少し前までは、少しでも、凛と目線が逢うように、追いかけて来た目線も、今は、相手が背を向けた時にだけ、追いかけて来た。あの一日の記憶が鮮やかであっただけに、今は、切ない。だが、気付いてしまった。遠くから、凛を見つめる目線が、愛おしく注がれている事を・・・。遠くから、凛をみちめ、凛は、翔と見つめ返した。このまま、駆け寄り、話しかけたかった。だけど、凛は、止めた。視線をそらし、そのまま、左に折れていった。翔も、廊下の角を折れていった。凛が、一人だったら、こんなに、悩むこともなかった筈なのに。もう、忘れてしまおう。そう決めたのに、目線は、追いかけてしまう。今日、彼女は、いるのか?元気なのか?幸せなのか?たくさん、話しかけ、彼女に触れたい。今、何を考え、何を思い、何に、胸を悩ませているのか・・・。でも、少しでも、彼女に触れてしまえば、決心が、鈍ってしまいそうで、彼女に声は、掛けれないでいた。いつか、普通に話す事は、出来るのか・・・。それでも、翔は、凛のアドレスも、消せず、メルアドも変えれずにいた。心の奥底どこかに、結びつきを求ていた。
「ママ、何を考えているの?」
心ここにあらずの、凛に、娘が声をかけた。どうも、いつも、気を抜くと、魂が、抜けたようになる。そう、魂が、翔の元へと、行ってしまう。そんな母親の様子に、娘は、うすうすと、気づいていた。
「優奈をみてる?」
「ごめんね・・。」
凛は、はっとした。今日も、悦史は、帰りが、遅い。何をしているか、何処にいるかは、察しが、付いていた。だけど、触れないでいると、決めた今、悦史の行動には、耐えていた。
「アイスでも、食べようか?」
「うん」
凛は、とって置きの、高価なアイスをとりに、冷蔵庫にむかった。
「ママ・・・。」
優奈が、声をあげた。
「携帯なってる。」
「えっ?取って。」
優奈は、凛に携帯を、渡した。
「はい。」
一瞬、翔から?と、期待したが、全く、別の声だった。夫だった。
「どうしたの?」
「大変な事になった」
悦史の声は、切迫していた。
「君にすまない事をしてしまった。」
「・・・。」
それは、うすうす判っているけど、それよりも?凛は、声に出さないでいた。
「あいつにも、取り返しつかない・・・。」
そのまま、悦史は、絶句してしまった。
「何が、あったの?」
凛は、平静を、装った。
「凛・・・。」
夫は、声を、絞り出した。
「彼女が、出血した」
「えっ?」
一瞬、意味が、わからなかった。
「流産しかけているんだ・・。」
今、なんて?凛は、気が動転し、意味を、理解する事が、出来ないでいた。流産しかけるというのは、子供が、出来たと、いう事。
「ちょっと、待って。」
それは、冷静になれと、自分に言い聞かせてる言葉だった。
「待って・・・。」
凛が、今度は、絶句した。急に、胸があつくなり、涙が溢れてきた。後の言葉が、出てこない。悦史に、女が、いるのは、わかっていた。でも、それは、大人の付き合いで、冷静に対処し、こんなあからさまに、正面から、向かってくるとは、思っていなかった。
・・女がいる・・・そう、正面きって、告白されて、冷静でいられる訳がない。しかも、子供が出来ていた。
「待って・・・。」
凛は、床に、座り込んでいた。足に力が入らない・。
「ママ・・。」
携帯を握り締め、泣き出す凛を、優奈が、心配そうに、抱きしめていた。