一番、大切な人。
朝から、翔の様子が、おかしかった。仕事中でも、凛に、視線を合わせてきていたのが、常だったが、今日は、凛の視線を避けてる気配があった。メールをしても、返信がなかった。あの帰り道、凛は、確かに、翔とは、逢わない方がいいと、心に決めていた。だが、昨夜のあんな出来事があり、何気に翔に、メールしてみたが、返事がなかった。
・・・翔もあたしと同じ気持ちなの?・・・
だとしたら、それでいい。もう、逢わないと決めたなら、そう、告げればいいでは、ないか。何も、露骨に避けなくても・・・。翔のとる行動の幼さに、凛は、腹がたった。
・・・仕方がないか・・・
そう。翔は、はるかに、年下。まだ、子供なのだ。
・・・どうかしてる・・・
ふと、翔の横顔をみた時に、凛は、笑ってしまった。
・・・こんな子供に、自分は、恋をし、危うく、本気になる所だったんだ・・・。
自分は、夢見る乙女のつもりだったのか・・。恋のゲームにひたろうとしていたのか・・。昨夜は、危うく、修羅場になる所だった。病院に駆けつけたところ、待っていたのは、申し訳なさそうに、元気を失っている母親の姿と、おでこに、大きめの、包帯をまいた娘の姿だった。
「ごめんね。」
すまなそうに母親が言った。
「あなたの行った後を追いかけた出て行ったのよ。そうしたら・・・。」
優奈は、側溝に落ちていた紅い花に、気をとられ、覗き込もうとして、落ちたらしい。幸いに、側溝に、水はなく、柔らかいドロのおかげで、怪我もたいした事なかったらしい。
「いいの。いつも。まかせっきりで、ごめんなさい」
凛は、逆に謝った。
・・・こんな私達に謝ることないの・・・
程なくして、悦史が、現れた。仕事場から、真っ直ぐ来たという態だった。
「大丈夫か?」
驚き急いできたんだ。という夫に、凛は、笑顔で応えた。
「たいした事なくて、良かった」
「そうか・・。」
さっきまで、一緒にいた人とは、いつから?普通の妻なら、そう聞くだろうか・・・。凛は、聞けないでいた。それを、言ってしまったら、全て、終わりになる気が、して、何も言わないでいる事にした。この胸に、芽生えてきてる小さな恋も罪になる。
「もう、帰りましょうか。」
凛は、母親と明日香を、送っていく事にし、夫に、優奈を、頼んだ。
「ママも、すぐ、行くから。」
そう、言って、病院を後にした。
「ねぇ・・・。明日香」
実家に、母親を、降ろし、凛は、ずーっと、黙っている明日香に問いかけた。
「恋愛のゴールは、結婚よね。その後の恋愛は?」
明日香は、凛を、みつめた。
「何言ってるの。」
「応えて」
冷たい声だった。
「誰の事を、言ってるのか、わからないけど・・。」
明日香は、言った。
「別れよ。どちらかが、言い出して終るの。必ず、傷つく人が、でるの。」
厳しい現実だ。
「もし・・。何かを、考えてるなら、やめなさい。実際、悦史さんの事も、早く、決着つけたほうがいいわよ。」
そして、明日香は、降りてから、こう告げた。
「それからの、恋愛なら、幸せも、考えれるでしょうけど。凛」
何か、凛の気持ちに気付いている言い方だった。
・・・そんな事、考えても見なかった・・・。
翔の事を、考え始めていた。最近、何かあると、翔との事を考えてしまう。でも、翔とは、現実、一緒になれる訳がない。年齢も、環境も。どう考えても、お互いに好きだという感情だけで、どうにかなる相手では、なかった。でも、悦史と、分かれたら・・・。否。そんな事、かんがえては、だめだ。でも、今の正直な気持ち、翔に逢いたいと思ってしまうのは、何故だろう。
・・・翔・・・。
思いながら、途中、車を止め、メールしてしまった。
・・・こんばんは。今日は、ありがとう。今は、自宅なの?・・・
いつもなら、すぐ来る返信が、今は、なかった。帰宅してからも、何度も、携帯を確認したが、翔からの、返信はなかった。
・・・携帯に、連絡し、声が聞きたい・・・
そう、思ったが、あえてしなかった。それが、前夜の事だった。今日の翔の態度が、返信のない理由だった。
「もう、逢わないって事ね」
凛は、確信した。倉庫の、出入り口で、翔と偶然出逢ったときに、そう、言った。
「お疲れ様です。」
目線を、あわせず、翔が、凛をやり過ごそうとしたのをつかまえた。
「まずいよ・・・。」
翔は、凛に目をあわせない。
「まずい?」
「あなたは、一人ではないから・・。」
人目を、気にするように、小さく言うと翔は、足早に、立ち去ってしまった。
「それは、最初から、わかっていたでしょう・・・。」
凛は、翔の後ろ姿に、そう、呟くのだった。ほんの何日か前に、メールで届いた生からの言葉は、本当だったのか・・・。
・・・一番、大切な人。一緒になれるのなら、なりたいよ・・・
言葉も、気持ちも、かわってしまったのか・・。