迷える思い。
翔は、優柔不断だ・・・。女性にとって、一番、困ったタイプかもしれない。杏奈とは、別れたいと、思っていた。杏奈の事は、好きだし、一緒にいると、楽しい。それは、この年齢で、恋愛を続ける上では、良かったが、いざ、結婚という2文字を、杏奈の口から、出されると、翔は、ひるんだ。杏奈と一緒に生きるには、荷が、重すぎたのだ。年相応の、普通の、恋愛なら、良かったが、延長戦上に、結婚が、あると、別れを決めるしかなかった。
「別れようか・・・。」
といいながら、ズルズルと、付き合いを、続けていた。そこへ、「凛」という、今まで、翔のいる世界とは、全く別の世界の女性が、現れたものだから、翔の関心は、そちらへ、向いてしまった。自分のいる世界とは、全く縁のない女性。それは、そうだ。人妻なんだから・・・。ふとした、運命のイタズラで、引き寄せられ、翔は、凛に、軽い興味を、持ってしまった。
「だけど・・・。」
翔は、思った。
「冷静に考えると・・。」
そう、人妻なのである。メールのやりとりでも、触れなかった事実。誰にも、打ち明ける事の出来ない思いなのである。
「辞めたほうがいいんだよな」
先日、コンサートに、誘おうか迷った時に、たまたま、フットサルの、練習があり、チームの仲間と、彼女の話になった。
「杏奈とは、どうしたんだ?」
何気ない友人の問いに、翔は、素直に答えてしまっていた。
「気になる人がいる」
「なんだよ。それ!」
杏奈は、可愛い。チームの男性にも、定評がある。
「職場の人。年上なんだ」
「年上」
「人妻。」
「えぇ!!」
ぽそっと、何気に応える翔に、メイト達は、凍りついた。
「やめろよ。らしくない。」
誰しもが、とめに入った。
「トンでもない事になるぞ」
「俺の友達も、慰謝料とか、やっかいな事になった」
口々に、止めに入った。
「だよな・・。」
翔は、試したかのように、寂しく言った。
「普通は、とめるよな」
「きまってるじゃん」
小さなため息をついた。
「判ってるんだ・・・。ダメだって事」
「杏奈に、しとけよ」
「・・・」
翔は、返事をしなかった。そのまま、悩みを抱えたまま、コンサート当日を、迎えてしまった。
「でも・・。」
杏奈とは、上手くいかない。どうしても、ダメだと、思えば思うほど、凛への、気持ちが、高まって行った。
「今日だけ。」
翔は、思い、凛と逢ってしまった。たぶん、杏奈は、自分を、待っているだろう。もう、待っていて欲しくない。何度も、携帯が、かかってくれば、疎ましくも思う。でも、今、凛を、送り、別れた後、ふと、杏奈の事が、気になっていた。
「まさかね・・。」
このまま、凛と、逢い続ければ、取り返しのつかない事になりそうだ。もう、逢わないほうが、いいのではないだろうか・・・。その時、携帯が、なった。
「杏奈?」
一瞬、出るかどうか悩んだが、翔は、出てしまった。
「翔?」
泣き出しそうな杏奈の声だった。
「もう、待たないから・・。」
小さな声だった。
「今、何処に居るの?」
いつも、甘えてばかりいた杏奈が、もう来なくていいと言う。翔は、思わず、杏奈の居場所を聞いていた。
「XXビルの前」
「どうして?」
「翔が、いると思って」
杏奈は、翔が、コンサートに行くのに、そこを、通ると思っていたのだ。そこへ、凛と行かなくて良かったのだ。
「待ってたの・・・。」
「うん・・。」
雨が、降り出していた。杏奈のいる場所は、新幹線で、30分かかる隣の、県だ。
「そっちは、雨降ってるの?」
「お昼から、降ってるよ」
「お昼から・・・?」
翔は、言葉を、失った。
「まだ、いるの?」
「うん。でも、もう帰るから」
携帯の、向こうから、降り注ぐ、雨が、聞えてきそうだった。
「行くから・・・。」
翔は、言った。
「今から、行くから。少しだけ、待ってて」
バカだな・・・。翔は、思った。迎えくらい行ってあげよう・・・と。
「いいの。」
沈んでいた杏奈の声が、急に明るくなった。
「本当に。」
「行くから。近くの、コーヒーショップで、待ってて」
「待ってる」
杏奈は、弾んだ声で、携帯を、切った。冷えた体が、急に元気を取り戻したようだった。