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ミスマッチ

作者: 夢野供子

 宿題はやった。予習も復習もやった。後は明日の準備をして寝るだけだ。素子はちらっと時計を見る。11時。寝るにはまだ少し早い気がする。かといって、することも、したいことも素子には特に見あたらなかった。読書は好きだが、今日はもう活字を見たくない。TVもドラマ類は終わりニュースくらいしかやってないだろう。ゲームをやるには時間が遅い。完全なる手持ち無沙汰だ。


 彼女は仕方なく、ベッドに入ることにした。目をつぶったが、眠れそうにない。素子は一つため息をつくとベッドの上で起きあがった。部屋全体が目に映る。ピンクと白でコーディネートされた部屋はいかにも子供っぽい。


 彼女が自分の部屋をもらったのは中学に入ったときのことだった。当時、お姫様の寝室に憧れていた彼女はなにかにつけロマンティックな柄や色の家財を親にねだって少しずつ自分の城を作り上げていった。


 一番面積の広い壁紙はクリーム色の背景にピンクと黄色の小花模様。床にはふかふかしたショッキングピンクの絨毯。カーテンは淡いピンクと白のチェック模様。ベッドの横に置いてあるチェストの引き出しはピンクと白で交互に塗られている。ベッドには白いレースの天蓋までついており、どこからどう見てもお姫様の寝室だ。


 高校2年になった素子には、この部屋がどうもしっくりこなくなっている。今でもロマンティックなものは好きだし、この部屋が雑誌やなにかにレイアウトされて載っていたら可愛いと思うだろう。だが、落ち着かない。この部屋の現在の役割は親しい友人の冷やかしの対象になることだけである。いっそうのこと大人っぽい青を基調とした部屋に模様替えしてしまおうかとも思うが、色が青になるだけで雰囲気は変わらない可能性も否めない。せめて天蓋だけでもはずせばましになるかも知れないが。


 素子の思考はいつの間にか今日、学校であったことに飛ぶ。今、学校では友達記録帳が流行っている。名前、誕生日、血液型、星座など基本的な情報はもちろん、趣味や夢、好きな食べ物、動物などが記せるスペースがフォルダから取り外し可能な1枚のカードに収められているあれだ。卒業を間近に控えた生徒の間で流行っていたのが学校全体まで波及するのは早かった。素子もここ数日、目についた人にカードを配りまくっている。流行っているからというのではなく、一つの社交辞令というやつだ。そして、今日はそれに乗じてやっと気になる男子にカードを渡した。これ、書いておいてね、と軽い口調でさりげなく。その日1日、素子がそのカードが返ってくるのが待ち遠しく、周りの動きにいつも以上に反応したのは言うまでもない。


 カードが返ってきたのは下校間近だった。渡されてすぐ見るのは気恥ずかしかったので、一番好きなお寿司は最後に食べる彼女らしく、途中で何度も見たくなるのを堪えながら、急ぎ足で家に帰り、部屋着に着替える時間も惜しんで、いそいそとカードを取り出した。


誕生日や血液型はすでに知っている。素子は基本情報が書かれている表はざっと目を通すだけにとどめる。裏には「あなたから見た私」という項目があるはずだ。つまり、彼が素子をどう見ているか、である。これが一番見たかった。素子は一呼吸おくとゆっくりカードを裏返した。彼女の一番見たかった項目にはただ一言、「真面目」と書いてあった。


 素子はもう一つため息をついた。今日一日の胸の高鳴りを返して、無駄に寿命が縮んじゃったじゃない。そんな思いが1日が終わる寸前の今でも残っている。


 真面目。何度言われたことだろう。確かに無遅刻、無欠席、宿題も予習も復習も欠かしたことはない。ホームルームでは一回は手を挙げ発言し、授業も眠らず遊ばず受けている。休み時間は1人で読書をするか、親しい友人と談笑を楽しむだけである。男の子ともすすんで話すことはあまりない。きっと彼の中で素子は、トレンディドラマも見ず、殺風景な部屋で常に勉学に励んでいる、ゲームなんかしたこともない「優等生」なのだ。嫌ではないが、嬉しくもない。親しい友人が書いた「きゃぴきゃぴしてる」や「バカ」という評価の方がまだいい。


 素子の頭からは「真面目」という3文字が消えない。この文字が消えない限り、眠れなさそうだ。

 素子はチェストの上に置いてあるウサギのぬいぐるみを手に取った。大きなポケットが付いたエプロンをしている体長40cmほどの真っ白なウサギのぬいぐるみ。ポケットにはニンジンが入っている。ふと、一つの文言が浮かんできた。


ウサギを抱き上げるときは耳を持たないで優しく抱き上げましょう。


動物園の触れ合い広場に必ずと言っていいほど書いてある。素子は片手でウサギのぬいぐるみの耳を掴むと持ち上げ、左右に揺らしてみた。黒い大きな瞳が素子を見る。素子は2.3度揺らしてから、ゆっくりと下ろし、ウサギの頭をなでる。さすがに、ぬいぐるみに話しかける年齢ではない。それから、彼女は首を傾げ、ウサギのぬいぐるみを元の場所に戻すとベッドから下り、パープルピンクのベルベットの生地に真っ赤なバラのコサージュが付いたスリッパをはいて、一階に下りていった。


 リビングで起きているはずの親の視線を避け、素子は庭へ出る。庭には植木鉢がきれいに並べられており、それとは不釣り合いなタバコと100円ライターが乗ったパイプ椅子とコーヒーの空き缶で代用した灰皿が置いてある。せっかく買った家をタバコのヤニで汚したくないからと言う理由で、こちらに引っ越してから両親はタバコを庭で吸うことにしているのだ。


 素子は椅子の上のタバコとライターを拝借し、自分の部屋に戻るとベッドに腰掛け、さっそくタバコを一本取り出してみた。とりあえず、火は付けないでくわえてみる。棒状のお菓子をタバコに見立ててくわえたことはあるが、本物は初めてだ。素子はしばらく、タバコの感触を楽しむと、いよいよ吸ってみようとライターをつける。が、タバコに火はつかない。タバコの手前までは火を運べるのに後数ミリのところで手が止まる。


未成年者の喫煙は法律により禁止されています。


 素子はライターをしまうと、タバコを箱に戻した。やっぱり私、真面目だわ。素子は自嘲とも微苦笑ともとれる笑みを1人浮かべると、タバコとライターをウサギのぬいぐるみのポケットに押し込んだ。両親は就寝前にタバコを吸う。そろそろ、タバコはどこだという会話が下から聞こえてくる頃だろう。素子は今度はくすっと笑うと横になった。やっと眠れそうである。


自己紹介的小説です。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 夢野供子センセイ、はじめましてこんにちは。 さすらい物書きと申します。 本当に素敵な作品です。 まず、素子の存在がとてもリアルで、魅力的です。 「友達記録帳」カードの裏面を見るときの緊…
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