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怪盗ヴェールは同級生の美少年探偵の追跡を惑わす  作者: 八木愛里
第二章 学園編

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26 先生の推しは怪盗ヴェール!?

 顔の特殊マスクをつけ替えれば、赤城先生好みな怪盗紳士になり変わることもできるけれど、あいにく服の替えがない。着替えを探す時間も惜しい。

 そのため、顔を変える選択肢はすぐに消えた。


 口元に手を近づけて考える仕草をすると、声帯にグッと力を入れた。

 

「そうですか……希望に添えなくて申しわけございません」

 

 女性の声から、男性の声に変化していった。声優顔負けのテクニックだ。

 赤城先生は、驚いたように目を見開いた。姿さえ見なければ男性の怪盗ヴェールだと信じてしまうほどに、完璧な変声だった。

 

「声だけ男性……!? これは驚きました……」

 

 彼女は両手を胸の前で合わせて、感嘆の声を漏らした。その目はキラキラ輝いている。

 私は赤城先生に近寄りながら、口を開いた。

 

「お嬢さんが男性をお望みのようだったから、なるべく希望は叶えてあげたくてね」

「……そ、そうなんですね」

 

 赤城先生は顔を赤らめて、私から目を逸らした。

 私は彼女の瞳を覗き込むようにして、顔を近づける。

 

「お嬢さんの希望は何かな?」

 

 赤城先生はそっと息を吐いた。

 

「私……実は、男性のヴェールさまを模写したかったんです。ほら、ヴェールさまのプロマイド、たくさん持っているんです。それだけじゃ満足できなくなってしまって。でも、難しいですよね……」

 

 彼女は照れたようにモジモジとし始めた。


 チラリと視線を移すと、キャンバスにノートサイズの小さな絵が立てかけてあった。ピンク色の花が目に入る。ターゲットの『ハマナスの咲く湖畔』で間違いない。

 

「もうすぐ追手が来るから、モデルとしてじっとしている時間はなさそうだ」

 

 キッパリと断ると、赤城先生は「そうですよね……」と残念そうに肩を落とした。

 

「だけど、お嬢さんには今回だけ特別にプレゼントをあげる」

「えっ?」

 

 私は赤城先生の手を優しく取ると、その手にそっとフィギュアをおいた。

 その瞬間、彼女は耳まで真っ赤にして、その場で固まった。


 彼女が怪盗ヴェール推しであることは知っていた。男性の姿で行ったら、付きまとわれそうだとも。だから、怪盗ヴェールの精巧なフィギュアを用意しておいたのだ。男性版の蛍光紫のコスチュームを着た怪盗ヴェールを。絵をいただけるのなら、これくらいの出費は高くはない。


 警察官たちの足音が近づいているようで、微かな地響きがする。

 ゆっくりとおしゃべりする時間はないようだ。


「貴方とはもう少し話をしていたかったが、私はもう行かなくてはならない。……ところで、この絵はいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 私は紳士として丁寧に許可を取る。同意されなくても、盗む気は満々だが。

 

「はい。推し……ヴェールさまからプレゼントをいただけるなんて、光栄です」

 

 彼女は顔を赤らめて、フィギュアを胸元で握り締めた。

 

「ありがとう」


 小さな絵だから、小脇に抱えて走るのも可能そうだ。

 よっ、と絵を持ち上げると、揮発性油のにおいが鼻を突いた。

 

「あの……ヴェールさまは峡雨の絵を集めているんでしょう? 何かお手伝いしましょうか?」

「ええと……私の手伝い?」

「はい、ヴェールさまが絵を手に入れられるように協力したいんです」

 

 赤城先生は恍惚とした表情だった。

 絵から黒い(もや)が出て、彼女を取り囲んでいる。この靄は一般人には見えないもの。

 早く彼女を絵から引き離さないといけない。そうしなければ、人生がうまく行っていると錯覚する代わりに、寿命が吸い取られてしまう。

 

「心配ご無用さ。これは私の仕事だから」

「そうですか……」

 

 丁重に断ると、彼女は落ち込んだ表情をした。

 ……心苦しいけど、悪者になるのは私たちだけで十分。

 

「怪盗ヴェール! そこにいるな!」

 

 私は扉が開かれるのと同時に、その扉の隙間に入って身を隠した。鍵がかかっていたはずなのに、強い力に耐えきれずに外れてしまったようだ。

 赤城先生が驚いた演技でもしたのか、ドサッと床に倒れる音がした。警察官は彼女の方へ駆け寄る。

 

「大丈夫か!」

「は、はい……」

「怪盗ヴェールに何か盗まれていないか!」

 

 警察官の問いかけに、赤城先生はすぐに返事をした。

 

「──いいえ、何も盗まれていません」

「そうか……もし、後で盗まれたものが気づいたら、警察まで連絡ください」

 

 警察官は慌ただしく部屋から出ていく。校舎の中をしらみ潰しに探しているのだろう。

 ドアの後ろに隠れた私はそろりと抜け出す。

 

「私はもう行くよ。私のために、嘘ついてくれてありがとう」

「……嘘はついてないわ。要らないものを人にあげるのは、盗まれたとは言わないからね」

「そうですか……。ありがたくいただきます」

 

 同意をもらって絵を回収できるのは幸運だ。

 

「貴方にも幸運が訪れますように……」

 

 心を込めて笑顔で言うと、赤城先生ははにかんだ笑みを浮かべた。

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