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怪盗ヴェールは同級生の美少年探偵の追跡を惑わす  作者: 八木愛里
第一章 教会潜入編

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10 とあるSNS投稿より

「この投稿……」


 授業が終わると、澪がスマホを片手に駆け寄ってきた。次の授業へ移動するために、教室は人の動きで溢れている。

 席に座っていた私は首を傾げた。


「なになに?」

「葵ちゃん。見てよ、これ……」


 澪からスマホを見せてもらうと、SNSの投稿画面が表示されていた。いわゆるエゴサーチをしていたようで、怪盗ヴェールに関する投稿が時系列に並んでいる。

 気になるのはこの一文。


『怪盗ヴェール様。どうか盗みに来てください』


 私は驚いて声を失った。この投稿は、泥棒を自ら家に招き入れるようなものだ。正気ではありえない。


「盗みに来てほしいって……依頼⁉︎」

「ちょっと、葵ちゃん、声が大きい……」


 幸にして、私の言葉に気を留めた者はいなかったらしく、注目は浴びなかった。

 私はホッと息を吐く。


「そうだ。いつもの場所に行かない?」


 澪の提案に、私は頷いて賛成した。

 教室では、誰に聞かれるかわからないということで、場所を変えることになった。私の家でも話し合いはできるけれど、なるべく早く、すぐに立ち寄れる場所が良い。

 学校が終わると校舎を出て、澪と歩く。


 城宮高校通りから小道に入ると、澪の父の経営するカフェがあった。私の叔父にあたる人で、怪盗ヴェールの事情はもちろん知っている。

 入り口の木の取手を引くと、チャリンと音がした。


「叔父さん、こんにちは」

「お父さん、打ち合わせに使わせて」

「葵ちゃんに、澪か。いらっしゃい」


 ログハウス調の店内から、白髪混じりの叔父が現れた。店内にはお客さんはいなかった。趣味でカフェを経営する叔父は、高校や駅の近くという高立地にもかかわらず商売っ気があまりない。怪盗ヴェールの打ち合わせをするには、もってこいの場所だ。


 叔父はすかさず入り口の店の看板をオープンからクローズに変える。カフェはたまに臨時休業するけれど、その理由は怪盗ヴェールの作戦会議に使われるからだ。それを知っている人は親戚以外にはいない。


「葵ちゃんはカフェラテ、澪はオレンジジュースかな?」

「はーい」

「叔父さんよくわかってる! それでお願いします」


 席についてメニューを見ずにいる私たちに向かって、叔父が聞いてくれた。澪はコーヒーの味が苦手らしく、「お子様の舌なの」と言って、ジュースを好んで飲む。叔父が作ってくれる挽きたてのコーヒーは絶品なのにな、と残念に思うけれど。


「さあ、出来上がったよ」


 叔父はカフェラテとオレンジジュースを運んできた。

 

「今日も見事なお手前で……こんなに愛らしいものを壊してしまうなんて、このクマちゃんが可哀想だなぁ」


 クリームの上にはクマのラテアートが描かれていて、瞳には目力がある。ラテアートは毎回デザインを変えてくれるのが楽しみだ。

 澪もオレンジジュースをストローで一口飲むと、「さっそくだけど始めようか」と言って本題に入った。


「怪盗ヴェールへの盗みの依頼は、五分で投稿が削除されたんだ」

「え、そうなの?」

「誰かが消したんだよ。通報されたのかな……それか、投稿主の気が変わって消したのか」

 

 澪は腕を組んで顔をしかめた。


 怪盗ヴェール様。どうか盗みに来てください。

 その文面からは並々ならぬ想いが感じられた。ただの冷やかしとは思えなかった。


「でも、怪盗に盗みを依頼するなんて、全くおかしな話だよね……」


 私の呟きに、澪もコクリと頷いた。

 

「そうだよね。どうして依頼してきたんだろうね」

「でも、どうなのかな? こういう投稿って信頼出来るのかな?」

 

 私は疑問を投げかけた。この投稿主の狙いは一体なんだろう?

 

「うーん……でも、この人の他の発言も見てみたけど、冷やかしには思えないんだよね」

「なんで分かるの?」

「写真の撮り方とか、文章の書き方とか。あれからすぐに削除されたけど、保存しておいたやつ見てほしいの」

 

 澪に言われて、私は他の投稿も見てみる。たしかに、『怪盗ヴェール様』の発言は丁寧で控えめだ。この人が悪戯や冗談のためにやっているようには見えなかった。


「なんだか不気味だね……」

 

 私が呟くと、澪も頷いた。


「投稿場所はネットカフェ。画像が撮られた場所はアレルヤ教会って場所のようだね」

「澪、よく分かったね」

「まあね。解析したら、そこまで分かっちゃった。しかも、アレルヤ教会の近くから撮影された写真まであって。……で、そのアレルヤ教会なんだけどね」

 

 澪が真剣な顔つきになる。私は自然と背筋が伸びた。

 

「どうやらアレルヤ教会という場所がわけありみたいで……」

「わけありって?」

「孤児を預かって育てているんだけど、二十歳まではいいとして、男児に限定しているみたい」

「男児限定……」

「ま、神父さまの趣味だよね」


 澪は私の感じた予感を肯定した。

 女子校、男子校が存在するように、男児限定は決して悪いわけではない。でも、神父が男児を愛玩しているとしたら話は別だ。

 最近では寄付が多く集まったのか、増改築して受け入れ人数を二倍に増やしたらしい。


「規模が大きくなってるんだね。しかも最近。これは怪しい」

「急に豊かになったというのは、何らかのツテで峡雨の絵を手に入れた可能性があるかも」


 見る人が見ればわかるが、価値のわからない人がオークションに安値で出品している場合がある。私の両親は、怪盗ヴェール引退後はネットオークションに目を配らせている。峡雨の絵を見つけ次第、出品者に交渉して譲ってもらうのだ。


「これこそ怪盗ヴェールの出番じゃない?」

「ということは?」


 嫌な予感がしながらも、私は話を促した。


「アレルヤ教会に潜入調査だよ!」

「潜入調査⁉」


 澪は目を輝かせて言った。

 いやいや待って。潜入するのは私の役目で、他人事だからってそんなに力強く言われても……!


「今回はやめない? 身の危険しか感じないんだけど――」

「大丈夫、葵ちゃんの技術を持ってすれば、男の子に成り代わることもできるよ!」

「男の子にはなれるけど、人との距離感っていうの? そもそも、神父さんに怪しまれちゃうんじゃないかな……」

「葵ちゃんならいける、大丈夫だよ!」


 拳に力を入れて力説する澪に、私はもう何も言えなくなった。


「澪、葵ちゃんに無理を言ってはいけないよ」


 叔父はテレビに映る白黒映画から澪に視線を移し、やんわりと注意する。


「無理じゃないよ、葵ちゃんならできると思うから言ってるの!」

「……葵ちゃんをしっかりとサポートしてあげなさい」

「はーい」


 叔父にたしなめられて、澪は口を尖らせて返事をした。

 私の身に降りかかる危険を知らないから、澪はこんなに呑気なのだ。残りのカフェラテを口に含むと、苦みが口の中に広がった。

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