8 郡司の跡取りアスナ
日没も間近、約束の時間をとうに過ぎて現れた若者に、村長をはじめ出迎えの男たちは、苛立ちを忘れて目を奪われた。
郡司の跡取り息子アスナは、評判通りの男ぶり。偉丈夫で、十九という年の割に落ち着きと品があり、祭礼用の年寄りくさい色柄の衣もよく着こなしていた。
尊大でも卑屈でもなく、村人に到着が遅れた非礼を詫び、ささやかですが、と供人に持たせた上等な酒を差し出した。
その瞬間、全てが帳消しになり、皆が彼を気前の良い方だと歓迎した。
一行は高台の祭りの会場へと急ぐ。
道中、先導を務める村長は、あれこれとアスナに話しかけた。元から話し好きなのだ。
くどくて早口で自慢話の多いおしゃべりに、アスナは嫌な顔ひとつ見せずに丁寧に受け答えした。
「そうですか、では今年はご息女が巫女役を」
「はい。親の私が言うのもおこがましい話ですが、なかなか美しく育ちまして。子供だ子供だと思っておりましたが、時がたつのは早いものでございます。小さい時からそれはもうよく出来た子で。あとは良い縁があるのを祈るばかりでございます」
「それほど美しい女性なら、きっと良縁が得られるでしょう。私もご息女の巫女舞いが楽しみになりました」
「もったいないお言葉で。ありがとうございます。失礼ですが、アスナ様もまだお独り身だそうで?」
「ええ、はい。いい年だというのに恥ずかしい話ですが、私にはなかなか良縁がないようです。母にもよく叱られます。早く身を固めろと」
「そうでございますか。いや、しかしまだお若い。まだまだ遊び足りないことでしょう。それにそれほどの男ぶり。都ではさぞおモテになったことでしょうな」
「私など、大したものではありません。都の女性は気位が高く、恋を仕掛けようにも門前払いばかりでした。それに都住まいは窮屈で。ここでの暮らしのほうが私の性に合っているようです」
と、アスナが「そういえば」と切り出した。
「この村には都落ちした貴族が住んでいたとか?そのご息女が今年成人されたそうですね。どのような人ですか?やはり、美しい方を想像してしまいますが」
と、ここまで饒舌だった村長の口がピタリと止まる。困り顔で言葉を渋った。
「あのう、夢を壊すようで申し訳ないのですが、あれは、娘と呼ぶのもあやしい子でして…」
「どういうことです?」
「いえ、器量云々ではなく、中身に少々問題がありまして」
なあ、と村長は同意を求めるように、後ろを歩く男たちを振り返った。アスナも見やると、彼らは苦笑して頷いていたが、一人だけ不機嫌な男がいた。
彼は黙っていられないとばかりに、ぶっきらぼうに声を出した。
「あの子は父親が貴族だっただけで、都で育ったわけじゃない。鄙びた村で育てば、粗野な子にもなりましょう」
男の物言いに、村長は慌ててたしなめたが、アスナは逆に興味をそそられたようだった。
「彼は?」
「娘の叔父です。父親は村を出て行方知れずで、母親は産んですぐに亡くなりましたので、弟夫婦が引き取ったのです。こいつは親代わりなものですから、どうかご勘弁ください」
「私はかまいません。気の毒なことです。その父親は、行方知れずなままなのですか?」
「はい。誰にも何も告げずに。娘が産まれる前の晩に出たきり、そのままです」
アスナはちらりと叔父だという男を見た。
苦虫をかみつぶしたような顔で黙々と歩いている。
「なるほど」
「あぁ、見えてきました。あちらです。皆、首を長くして待っておりますよ。急いで火を焚かねば。日暮れ前に着いてよかった」
「ところで村長。その娘御の名前は何というのですか?」
「ええと、その」
「知りたいだけです」
「アカネと申します。ですが、本当に、あまり期待されないほうがよろしいかと」
「それは私が決めることです。さあ、参りましょう」
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