3 野生児アカネ
アカネが突然高熱を出して倒れたのは、春祭りまであと数日という晩だった。
持ち前の丈夫さで何とか回復したものの、斎に供える獣を調達する山狩りに参加し損ね、むっつりと機嫌の悪い従姉妹に、レナは呆れたとため息を吐いた。
「山狩りは男たちがいくものよ。もとから行けないんだから。あなたったら、まだ諦めていなかったの」
「どうして諦めなきゃいけないのさ。去年までは行けたのに」
「それはあなたが今年十五で、あたしたちが成人したからだわ」
「知ってる。でも、そんなのおかしいよ。成人したから行けないなんて」
「決まりなんだから、仕方ないでしょう。駄々こねないで聞き分けなさい。大人になったら男には男の、女には女の役割があるんだから。料理したり洗濯したり針仕事をしたり、こうして木の実を採ったり」
「木の実採りは子供の時からやってる。料理だって洗濯だって」
「そうね。それはそう。だけど、大人にならないと絶対に出来ない大切なことが一つあるわ。分かっているでしょう」
「…知らない」
「しらばっくれても駄目。あたしたち、結婚出来るのよ。好きな人と夫婦になって、家族をつくるの。これってとっても大切なことだわ。そのためにも春祭りがどれだけ大事な行事か分かるでしょう。あたし、昔からどんなに待ち焦がれてきたかしれないわ」
うっとりと話すレナとは対照的に、アカネは暗い気持ちになった。
もちろんアカネも知っている。
春祭りは五穀豊穣を祈る村の神聖な儀式だが、大人の男女が自由恋愛を楽しむ絶好の機会でもあった。
食事を楽しむ宴が終わると子供は家に帰され、日頃労働に明け暮れる若人が、恋人や伴侶を求め合う秘密の花園が開かれるのだ。
「一度こっそり覗きに行って、二人でしこたま怒られた」
「あら、そんなこともあったわね」
「誘ったのはレナだよ」
「もう何度も謝ったでしょう。でも今年は大っぴらに参加出来るのよ。ああ、楽しみ!いったいどんな夜になるのかしら」
「レナの相手はもう決まっているじゃないか」
レナの顔が分かりやすく赤く染まったので、アカネはつい意地悪い気持ちになった。
「あの堅物で無口なシュウがいいだなんて。分かんないな。一体あいつのどこがいいの?」
「ひどいこと言って。そんなのうまく言えないわ」
「でもなんか理由はあるんでしょ。ね、どうして好きになったの?」
「それは、なんていうか…」
「なんていうか?」
「その、色々よ」
「色々?それってどんな色々?」
「色々は色々!とにかく、アカネは知らないでしょうけど、シュウにはいいところがたくさんあるの!それより、あたしのことより自分のことを考えなさいよ。みんなお見舞いに来てくれたんでしょう。カサゴにマキにハワジにヨウタ。あんたがいつもつるんでる四人組」
「ああ、らしいね。教えてくれたのはレナじゃない」
「そうよ。いや、そうじゃなくて」
「なに?」
「心配してお見舞いに来てくれたのよ」
「もう聞いたよ。だから?」
「だから、その」
いつもは快活なレナが口ごもりながら言った。
「なにか、こう、それに対して何かないの?何か気づかない?」
「そうそう。あいつらさ、礼を言いに行ったら目も合わさずに逃げてったんだ。信じられる?今度会ったら蹴飛ばしてやろうかな」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
レナはため息を吐き、機嫌の悪い従姉妹を盗み見た。
アカネは美しい子だった。
従姉妹のひいき目ではない。
村に可愛い子はいくらもいるが、アカネは凛々しく、人を惹きつける華があった。
手足がすらりと伸び、整った鼻梁に、長い睫毛に縁取られた涼やかな瞳は同性でも惚れ惚れするほどだ。
今は美少年といった体だが、その気になって身綺麗に整えたらどれほど光り輝くことだろうか。
外面と内面の大きなズレがアカネの不幸だ、とレナは思った。
「なにさ?」
「何でもない」
ふと、当日何人の男がアカネに言い寄るのだろうと考え、レナは青ざめた。いきなりそんな目にあったら、このがさつな友人は卒倒するんじゃないだろうか。
「ねえアカネ!」
「なんだよ。急に大きい声だして」
「アカネはどんな男の人が好き?」
「は?なんだよそれ」
「だから、思えばいつもあたしばっかり好きな人の話をしてたじゃない?アカネの好きな人って聞いたことがないから。どんな人がいいのかなぁって思って」
「どんなって…」
「うん」
「その…」
「うんうん」
「…」
「じゃあ、誰に告白されたら嬉しい?」
「あたしに告白する物好きいないよ」
「そんなことない!絶対そんなことないって!」
「何でそこまで言い切れるのさ」
「それは、その」
「ま、いたらもうけもんだ」
「え!じゃあ、告白されたら受けるのね?」
「されたら考えるよ」
眼前に迫るレナを避けて、アカネは立ち上がった。
「どこ行くの。まだ話の途中じゃない」
「もう十分ここにある木の実は採った。ぐずぐずしてると遊んでるってどやされるよ」
「どこへ行くのよ」
「おしゃべりのいないとこ。人のことはいいから、レナはシュウのことだけ考えてなよ」
なによ!と怒鳴るレナの声を背に受け、アカネは軽快に木立の間を走り出した。