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白翼暁夢   作者: シグイ
3/32

2 母と鳥

 寝所を別にする母恋しさに、高いびきで眠る乳母の腕を抜け出て、部屋を飛び出した夜のことだ。

 

 暗闇も静けさも怖かったが、誰にも見つからないように渡り廊下の下を屈んで駆け、母の寝所を囲う庭園まで辿り着いた。乱れた息を整え、ようやく会えると胸を高鳴らせた時、寝所の傍近くに人影があることに気が付いた。ぎょっとして身を隠し、恐る恐る覗くと、それは母だった。


 嬉しさよりも驚きが勝り、自分の目が信じられなかった。

 母は先日病に倒れ、目通りも叶わぬほど具合が悪いと聞かされていたのだ。だからこうして会いに来たわけで、元来病気がちで部屋に籠もりがちな母が立って、まして外にいる姿など、もう長い間見たことがなかった。


 母は夜空を見上げていた。

 つられて見上げると、驚いたことに闇夜にもかかわらず一羽の鳥が飛んでいた。

 更に不思議なことに、鳥の姿は白く光って見えた。

 鳥は、まるで母を宿り木にするか迷っているように、旋回を続けた。

 

 しかし結局、鳥は飛び去ってしまった。


「母上」


 母の傍に十分近寄ってから、なるべく小さな声をかけた。

 自分の幼子がいるとは思わなかった母は、青ざめてその場にへたり込んだ。

 

「申し訳ありません。驚かすつもりはなかったのです。お立ちになれますか?お加減はもうよろしいのですね。外におられるのですから。あの、母上。お聞きしたいのですが、あの白い鳥は一体なんだったのでしょう?私はてっきり、母上の元に降りてくるのかと思ってしまいました。とても綺麗な鳥でした。父上も御覧になれたらよかったのに」


「アオイ、今見たことは内緒。誰にも話してはいけません」

「何故です?」

「いいから」


 舌っ足らずで話す我が子に、母は念を押した。


「お願い、どうか内緒にして。そうだ。二人だけの秘密にしましょう。いいでしょう?」

「ひみつ?」

「そう、秘密」

「分かりました。母上と私だけの秘密ですね」


 嬉しかったのを覚えている。


「母上、もうあの鳥は見られないのですか?」

「ええ」

「戻ってきませんか?」

「ええ、二度と」

「どこへ飛んでいったのでしょう」

「…」

「母上?」


 母は、声を立てずに泣いていた。


 驚いて何も言えなかった。

 泣き顔など見たことがなかった。

 病弱だが、心の強い人だった。

 どれほど苦しくても、愚痴や泣き言ひとつない、気丈な人だったのだ。


 立ち尽くしていると、母は突然激しい咳とともに倒れ込んだ。

 すくに人を呼び、布団に寝かされたが、その顔色は土気色で、ああ、もう駄目なんだと思った。


 翌日、母はあっけなく息を引き取った。


 戻ってきたのか?


 朦朧とした意識の中、アオイは鳥に問いかけた。


 母上に会いに来たのか?すまないが、私は母ではない。お前の宿り木ではないのだ。

 

 死にかけているというのに、アオイの心は穏やかだった。


 最期に母を思い出した為かもしれない。

 死ねば、母に会えるかもしれない。

 ならば死も悪くない。

 そう思った。


 頭上を舞いつづける白い鳥を見つめながら、アオイは意識を失った。

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