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「リーシャ」


 呼ばれて右にに首を捻る。


「殿下」


 彼の方に体を向けると、ギャリーに一礼をする。


「セディに花を?」


「はい。いつも喜んで下さるので、私も嬉しくって……殿下?」


 私に向かってゆっくり近付き、手元の小さな花束にじっと視線を落とす彼は、少し元気が無いように見えた。


「いや。……セディが羨ましいな。……でも、君が元気そうで良かった」


「お陰様で」


 今私はとても幸せだ。幸せ過ぎてそれが顔に出ていないかと心配になる程だ。

 最近のセディはいつも私の事を気にかけてくれるし、愛情表現もしてくれる。それは、言葉だけでなく……。

 思い出すと顔が熱ってしまい頬に片手を当てる。


「殿下、そちらの方がどなたなのか紹介して下さいません?」


 ハキハキとした女性の声に後ろを振り向く。

 しっかりとした盛り髪。普段着とは思えない華美なドレス。私と同じぐらいの年齢だろうか。しかし、声には威厳があり、一目見ただけでただ者ではないと分かる風貌の女性だった。


「カリエル。……こちらは弟の婚約者のリーシャだ。リーシャ、僕の……こ、婚約者のカリエルだ」


「初めまして、カリエル様。リーシャ・マッカーと申します。お会い出来て光栄です。宜しくお……」


 礼をとって顔を上げてみると、彼女はすでに私に背を向け、ギャリーの腕にしがみついていた。


「殿下、余りにもお帰りが遅いのでお迎えに上がりました」


「す、すまない。……剣術の稽古が長引いたんだ」


 仲睦まじい様子の二人の邪魔をしないよう、挨拶をして立ち去ろうと決める。


「私はこれで失礼致します」


 一言断りを入れ、軽く膝を落として礼をとる。


「あら、まだいらしたの?」


 流し目でなんだか冷たい目線のカリエル様に、しかしニコリと返す。「失礼致します」と再度遠慮気味に挨拶をすると、私は彼らにさっと背を向けた。

 しかし、背中から聞こえてきた言葉にすぐ足が止まった。


「ギャリー様、あんな王族に相応しくない方がセドゥリウス様の婚約者なんて、本当ですの? 信じられませんわ。それにあのような野花などを手に持って城の中を歩くなんて、考えられませんわ」


「カリエル。彼女は王族に相応しいし、よく出来た女性だよ。そ、そんな事言わないでくれ」


 もはやギャリーのフォローの言葉など耳に入っては来なかった。王族には相応しくないと他人に言われて、やはりそうなのかと納得してしまう。薄々気付いてはいたものの、セディの妻になるべく自分なりに努力はしてきたつもりだった。それでも、他人から見れば私など城にいるべき者ではないということ。いくら父が陛下の側近で公爵の位を与えられていようとも、必ず出来の良い娘が生まれるとは限らないのだから。


「あら、ギャリー様もあの方を気に掛けていらっしゃるのですか?」


「いや……そういうことではない。……じゃなくて、それは違わない」


「違わない?」


「違うんだよ。と、とにかく落ち着いてくれ、カリエル。で、でも、リーシャを傷付けることは許さない」 


 二人のやりとりが私の心をさらに乱していく。


「どうして、私が悪い事に?」 


「そうじゃないんだ。ただ……」


 私は背後で聞こえてくる二人の会話から逃げるように早足でその場を後にした。途中、ギャリーが私を呼んだように聞こえたが、それに振り向く気力など持ち合わせていない。

 私たちの婚約の儀が終わって間もなくギャリーの婚約者が入城されたことは父から聞いていた。近く紹介する場を設けるからとも言われていたが、すでにカリエル様と上手くやって行く自信がなかった。


「ルーマー、申し訳ないのだけれど、この花束を……」


 代わりに殿下へ届けて欲しいと伝えようとしたが、カリエルの「野花」という言葉を思い出すと、花束は何の役割も果たさないように思えた。

 セディの執務室を目前に私は庭園へと方向転換した。

 ルーマーに一人にして欲しいと伝え、庭園の東屋に一人腰掛ける。花束を小さな花瓶ごと東屋の丸卓上に置いてみる。さっきまで可愛い花束だったはずが、どうしてこんなに悲しい物になってしまったのだろう。

 もしかして、セディも無理をして私の花束を受け取ってくれていたのではないのかとさえ疑ってしまう。


「相応しく……ない」


 自分で口にすると流石に辛い。でも、それが現実なのだろう。

 腕の上に顔を置き机にうつ伏せた。

 セディに会いたい。話をしたい。あなたも私は王族には相応しくないと思っているのかと、聞きたい。

 でも、そんな事聞けるはずもない……。


「リーシャ、……リーシャ」


 呼ばれたような気がして顔を上げると、はじめて自分が眠っていた事に気付く。

 肩に触れた手に振り返ると、セディがいた。さっき呼ばれたのは夢だったのか、と我に帰る。


『風邪をひく 僕の部屋においで』


「セディ……」


『何か あったか?』


 違うと首を横に振る。

 泣きそうになる感情をぐっと堪えて、笑顔を見せる。


「殿下こそ、執務中では?」


『上の窓から 君が 見えた』


「お恥ずかしいです。すみません、こんな所で眠ってしまうなんて、王族には相応しくないですよね」


 そう、つい聞いてしまった。


『そうだな』


 彼はあっさり答えた。……私は思考回路が停止してしまった。流れた涙に気付かれないよう、彼から顔を背けた。

 セディは、彼の方を振り向くように何度も肩に手を置いてくれる。でも、振り向けない。拭っても拭っても溢れる涙をどうしたものか。

 彼が私を本当に王族に相応しくないと思っているかは分からないが、彼の返事は私の心をえぐった。


「セディ……、ご、めんな、さい。一人に……し、して欲しい、の」


 すると、彼の手が肩から離れた。

 彼が去っていく。私からまた離れていく。

 そう思ったとき、しかし、彼は私の傍にしゃがみ込んだ。セディは下から椅子に座る私の顔を覗き込む。


『僕の部屋においで』


 そして、さらに片手を握られ、ドキリとする。


『不安なら 僕に 確かめて欲しい そう言ったはずだ』


 セディはいつも通り少しも微笑むこともなく、表情に何の感情も無いけれど、彼は瞳の奥で嘘ではないと訴えていた。

 私はいつも一人で不安を抱えているつもりでいたけれど、もしかして今、セディはこの不安を一緒に分かり合おうとしてくれているのかもしれない。

 そう思ったら、自然に涙が止まった。


「お仕事のお邪魔になるので、ここで大丈夫です」


 セディは私の片手を捉えたまま、首を縦に頷いた。


「ご心配をお掛けして申し訳ありません。セディが……そう言って下さる限り、私は……私はあなた様の傍に居て良いのだと思うことができます」


「ありがとうございます」と彼に笑顔を見せると、セディは捉えている片手にキスを落とした。


『無理はするな』


 ゆっくり瞬きをした彼の瞳に私が映る。私は何を怯えているのだろう。誰に何を言われようとセディは傍に居てくれる。味方になってくれる。今の私はそれを疑ってはいけないのだ。

 それに、元々本当は私の方が彼を支えていかなければならないはずのに、私は何をしているのだろう。10年前、彼の母ファーラ様に誓ったはずなのに——-生涯セディを支える———と。


「……はい」


『その花は 貰って行っていいのか?』


 先日、ラベンダーの側でしゃがんだセディを見て、てっきりラベンダーを気に入ったのかと思ったが、その日庭園を後にしようとした時、彼は『できれば ハーブでない方がいい』と私に告げた。そのため今日の花束はシロツメクサやスイートピーなどに霞草を添えた物だ。隣国のお姫様にはみすぼらしい野花に見えるかもしれないが、私にとってはどれも我が家の可愛い草花たちなのだ。


「……はい」


 セディはそれを分かってくれる。いや、分かっていないかもしれないが、少なくとも分かろうとしてくれている。

 私の返事を聞くと私の手を引き上げ、椅子から立ち上がらせた。彼は私の全身を眺めると一人でウンウンと数回頷いた。


『元気に なったな』


「……はい」


 彼は私に向けて片手を挙げて「また」と表すと、花瓶を片手に持ち、庭園を去ろうとした。歩いて行く後ろ姿のセディがとても愛しかった。


「殿下」


 何を言うわけでもなかったが、思わず呼び止めてしまった。

 振り向いたセディは体をこちらに向けた。


「殿下、……ありがとうございます」


 私の後ろから吹いた生暖かい風がセディまで届くと彼の前髪がなびいた。

 セディ、私はあなたの事が大好きです。そう何回も叫びたい気持ちだった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。


何か感じるものがありましたら、評価や感想などで教えて頂けると、大変喜びます。

次話も頑張ります!


宜しくお願い致します。

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