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 いくら兄上の側近リックスが優秀だとしてもコルムが彼より劣っている気はしない。しかも、問題はそこではないのだ。今回の件については、僕に問題があったのだ。


『コルムではなく、僕の力不足だ』  


 冷静にそう彼に伝えても、納得のいかない表情に変わりはない。コルムは彼自身に考えが及ばなかった事にかなりショックを受けているらしい。

 今回帰還早々に陛下に呼び出されたのはベアナでの夜の取り締まりを強化した件についてだった。

 長年の夜這いの横行に対して、あの日すぐに対策に乗り出したまでは良かった。しかし、王都に帰るとすぐにベアナ領民の女性達から苦情がきていると知らせがあったのだ。


「セドゥリウス、お前はもう少し社会を広く見聞するべきだ。時に素早さは必要だが、周りが見えて無さ過ぎる。正直、今回の決断は甘いとしか言えない」


 父上の言葉が胸にグサリと刺さった。しかし、その場では冷静を保ち、その言葉を真摯に受け止めた。

 それにしても……。

 ———悔しかった。

 ベアナの領民のために行った夜の対策が陛下に「甘い」と指摘され、衝動的に動いた自分を悔いた。自分の力のなさに腹が立った。

 誰もいない執務室の椅子に座り、その怒りを拳に込めて机に何度も叩きつけた。

 しかし、ふと体が人の温もりに包まれたとき、微かにハーブの香りがふわりと香った。ケイと初めて出会ったあの時の記憶が蘇る。あの時もハーブの香りが漂い、それが僕を包み込むと気持ちが落ち着いた。

 ケイのはずがないのに、ケイが来てくれたのかと思わず顔を上げた。

 ———リーシャ。

 思考回路が止まった。

 弱い自分を見られてしまったうえに、リーシャをケイに重ねてしまった自分に失望し、恥ずかしかった。もう、いっそ今のひと時が消えてなくなればいいのに、とさえ思ってしまう。

 反射的に彼女の腕を振り払った……しかし、自分の事で精一杯の僕は悲しんでいるリーシャをどうすれば良いのか分からない。


 ベアナから帰るとすぐにリーシャに会いに行った。リーシャに会いたかったのは嘘ではない。ケイのことがあり、その悲しみを忘れたいがために無理矢理自分の思考を進路変更した。ケイのことは忘れよう。リーシャのことだけを考えよう。そうだ、僕の頭の中をリーシャで埋め尽くせばいいと、単純だがそう思った。


 しかし———彼女の腕を振り払ってしまった。


「私はあなたをお支えすると決めたのです。……でも、……今日はこれで失礼致します……」


 悲しそうな声で部屋を去っていくリーシャに何も言えなかった。

 魔法文字で言葉を伝えるには、お互いに視線を合わせなければならない。しかし、今の僕にはリーシャのを見ることができなかった。


 被害に遭っていたベアナの女性たちが、訴えていたのは、夜這いを取り締まったために、彼女達の収入がなくなった故だった。

 そう、夜な夜な徘徊する男達と彼女たちの間には当たり前の様に金銭のやり取りがあった。その収入を当てにする女性も多かったのだ。

 ベアナの季節は、春と冬に二極化している。その作物が育たない冬に夜這いがより激しくなるのは、男女共お互いに利益があったからだ。

 それがわかった今、僕は……。


 ベアナの領民のことを———-ケイのことを———全く分かってなかった。


 ケイのことを考えると僕はダメになる。

 冷静でいられなくなる。

 なのに、ケイのことが頭から離れてくれない。

 僕の頭の中はすぐにケイでいっぱいになってしまう。

 リーシャではなく、ケイを愛しているからだ。

 しかし、こんな僕ではダメだ。


 僕は意を決してリーシャを追いかけた。

 ケイで埋め尽くされている僕には、リーシャが必要だ。

 ケイを愛して何になる?

 僕が城で生き抜くために必要なのはリーシャだ。


 丁度、馬車に乗り込もうとしていたリーシャの片腕を掴んだ。

 振り返ったリーシャは、涙の跡の残る顔で僕を見上げた。


『助けてくれ』


「……」


 しかし、リーシャは僕の手を振り払おうと、一歩退いた。

 僕は彼女が離れないよう逆に引き寄せた。

 俯いている彼女の肩を軽くポンポンと叩き、視線を合わせる。


『頼む 助けてくれ 君が必要だ』


 目を潤ませじっと僕を見つめたままの彼女は、きっと僕のことを疑っているのだろう。


『リーシャ 君を 愛したいんだ』


 こんな言葉を並べて果たしてリーシャに届くのかは分からない。

 ただ、今の僕の素直な気持ちを伝えたかった。


「……セディ」


『さっきは すまなかった』


「……信じます。どんな事が起きても私はセドゥリウス殿下の味方ですし、殿下をお慕いしております。ですから、私は殿下を信じます。ずっと、ずっと信じます……」


 最後の言葉を振るわせながら口にし、涙を流し始めたリーシャをキツく抱きしめた。


「もう二度とリーシャ様を泣かせないとお誓い下さい、殿下!」


 リーシャと別れ、執務室に帰ると机の上の花瓶の花を愛でる間もなく、コルムから説教を受ける。

 しかし、そこはもう反論しようもない。

 コルムと向き合い真剣に彼を見つめる。


『リーシャを二度と泣かせないと誓う』


「いや……そんなに簡単に誓いを立てて大丈夫ですか?」


 いつもと違う僕の真面目な反応に戸惑いを見せつつコルムが言った。


『リーシャが僕を信じると言ってくれたのに それを裏切ることが出来るはずない』


「そ、それならいいのですが……。では僕はいままで通りお二人をしっかり見守らせて頂くこととします」


『ぜひ そうしてくれ』


 ニコリとしたコルムに僕は笑い返すこともしない。


「殿下、リーシャ様にだけでいいですから、少しは愛想というものをして差し上げて下さい」


『コルム 僕が城の人間である限り それは無理だ』


「それでしたら、たまには町に下りて歩いてみられてはいかがですか? 陛下にも社会を見聞するように言われた訳ですし。そうだ、リーシャ様に贈り物を選ばれるのはどうです? リーシャ様も喜ばれると思いますよ。一石二鳥です」


 感情豊かなコルムは僕と二人になると、本当の友人のように接してくれる。ありがたいことだ。


『そうだな どうやら僕も今日は気分転換が必要らしい 町へ下りよう』


「当然……僕もですよね……ハハハ」


 コルムに送った視線に彼は狼狽えた。


『残念なことに 僕は コルムがいないと 女性への贈り物ひとつも一人で買えないのだからな』


「それは困りましたね。仕方ないです、お付き合いしますよ。そうと決まれば、さあ、着替えて下さい」


 こんな時にベアナで着る服が役にたつとは思わなかったが、コルムと町を歩くのかと思うと何やら楽しみになってきた。

 今日はコルムも夜這いの件で随分肩を落としていたようだから、彼の気分転換にもなるだろう。


『コルムは よく町にくるのか?』


「友人と夜、食事や酒を酌み交わす程度ですよ」


『うらやましいな』


 僕には友人と言うならば、コルムしかいないというのに。城にいる限りそんな機会は当然ない。


「殿下……じゃない、セ、セディさえよければ、町には僕がいつでも」


 城の者と気付かれないように辿々しく会話をする僕たちはどこへ行くでもなく、賑やかな大通りから小道まで歩き回った。

 途中、スナックを買い食いをしたり、コルムの馴染みの食堂を案内してもらった。

 普段、街の様子を見ることもなく、自分でお金を出し買い物するために店に入ることもない僕は好奇心旺盛な10歳の子供のようにこの時間を楽しんだ。


「ここがご婦人達御用達のお店だよ」


 夜の帷が下りようとする頃、最後に案内された店に入ると、綺麗な装飾品で埋め尽くされた店内に圧倒された。

 その中で僕はあるネックレスチョーカーに目が止まった。

 中央に主張しすぎない大きさのマリンブルーの石が輝いており、首を一周取り巻く金属には、濃い緑の葉っぱをモチーフとした装飾が施されている。植物に目がないリーシャにぴったりだと思った。


「これにしますか」


 耳元で囁くコルムに僕は大きく頷く。

 今度の婚約の儀の贈り物にしよう。

 女性に物を贈ることがこんなに緊張するものだとは知らなかった。

 店員がそれを箱に詰め、リボンを掛けているその間も、リーシャがどんな反応をしてくれるのかと想像しては胸が熱くなった。

 彼女も今日僕に花束を持ってきてくれた時、同じように思ってくれていたのだろうか。


『婚約の儀が楽しみになってきた』


 帰り道、コルムは僕のその言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。

最後まで読んで頂きありがとうございます。


何か感じるものがありましたら、評価や感想などで教えて頂けると、大変喜びます。


次話もがんばります。


宜しくお願い致します。

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