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 クソッ! クソッ! なんでなんだッ!

 ケイ、ケイ……。

 屋敷に向かって馬を走らせながら心の中で何度も叫んだ。

 玄関から入るとコルムを呼ぶためにベルを鳴らした。ほどなくコルムが小走りで寄ってくる。


「殿下、お帰りなさいませ」


『夜這いの件、早急に片をつけたい。来てくれ』


 急いで僕の寝室兼執務室に向かう。後ろからはコルムが付いてくる。


「殿下、お言葉ですが……今からですか?」


「……」


 それには答えず、まっすぐ二人で部屋に入る。


『皆んな休んでいるところ悪いが、動ける者全員出動してほしい。今夜から領民の夜の外出を制限し、違反者は事情聴取の上、取り締まる。

 それから、以前から提案していた巡視隊を早急に募集し、明日からは彼らにその任務を任せていこうと思う』


「明日から……ですか」


『そうだ。早い方がいい。一人でも多くの女性を早急に被害から救いたい』


「そこまで強い思いがおありになるなら、承知致しました。今夜の取り締まりと明日からの巡視隊の設置について早急に手配致します」


 「頼む」と言う代わりに僕は大きく頷いた。


「かしこまりました」


 僕は焦る気持ちを悟られないよう、必死で平静を保ち、コルムに指示を出した。

 この任務は、声の出ない僕が出ていってもコルムの足手纏いになるだけだ。だが、屋敷の中でじっとしているほど僕は強くもなかった。  

 もしかして苦しんでいるケイを救えるかもしれない。いや、救わなくてはならない! 彼女にどんな状況が待ち受けていようとも。


『僕も同行する。邪魔はしないからコルムの横にいさせてくれ』


「そうして頂けると、心強いです」


 コルムは口角をわずかにあげ、穏やかに答えた。

 そうして、間も無く我々は護衛騎士団などの騎士団、配下の部下を引き連れて夜の村へ繰り出した。

 村は領地内に幾つか点在しているため、巡視させる隊を分担させた。

 我々の隊は、屋敷もある一番大きな村、アープダを見回った。夜通し見回った結果、数人の怪しい輩を尋問し、警告した。今後は罰金などの罰を与えると脅して返した。

 そうしているうちに、いつの間にか朝日が顔を出し始めた。枯地となる季節ももうすぐ終わり、暖かく実り豊かな季節となるベアナの地。その季節の変わり目の瞬間を目にしたような清々しい朝だ。


「綺麗な朝日ですね」


 馬を止めて朝日に見惚れていると、コルムが少し後からしみじみと口にした。僕は素直に首をゆっくり縦に振った。


「季節が良くなったからでしょうか、もう農作業に出ようとしている家族がいますよ、あそこです」


 コルムは山の上の朝日の手前を指差した。その指先に沿って長い一本道の先を眺める。そう遠くない道の先に農具を片手にした若い夫婦が歩いているのが見えた。片腕に2、3歳の男の子を抱えた男は隣にいる妻らしき女性に笑いかけながら幸せそうにこちらに歩みをすすめてくる。この先の畑の持ち主だろうか。


「戻りましょうか」


 コルムの言葉が聞こえなかった訳ではない。


「……」


 ただ、僕はその家族に釘付けになっていた。いや、女性の方に。


「殿下?」


 あの楽しそうな笑い声。一つに纏めてはいるが、長く綺麗なふんわりとした金髪。何より、色白で美しい女神のような顔。

 ああ、彼女は……ケイは、笑っている。

 良かった、と安心したと同時に、送り続けた紙ひこうきの事が頭をよぎる。

 胸がズキリと痛んだ。


「殿下、どうかされましたか?」


 もう、僕の事など、きっと忘れてしまっているのだろう。紙ひこうきも開かれることなく捨てられているのかもしれない。

 いくら見つめてもこちらと視線の合わない彼女に自分で声を掛けることさえも出来ない。

 ただ、我々二人の目の前に来ると、その夫婦は揃って深々とお辞儀をした。俯き加減で挨拶をした二人が僕たちの顔を見上げることはなかった。

 ケイの夫と思われる男性は、細身だが優しそうで穏やかな雰囲気がある。きっとケイと彼は上手くやっているのだろう。

 それはそういうこともある。あるだろう。夫婦になって子どもが居てもおかしくはない。

 もうあれから5年も経っているのだから。

 そうは思っても、訳のわからないモヤモヤする気持ちが居心地わるそうに身体を巡っていく。そんな気持ちを吹っ切るために、僕は馬を走らせた。


「殿下、何があったんです? 話してください」


 屋敷に着き、馬を置いて足早に玄関へ向かおうとすると、コルムに左肩を掴まれ振り返る。


『何でもない』


「何もないことはないでしょう? 珍しく動揺してるのはどうしてなんですか?」


 コルムは本当に鋭い。そうか、コルムには隠し事など出来ない。


『さっきの女性』


「女性……はい、先程の家族の……え? まさかッ! 殿下がずっと探していらっしゃる女性だったんですかッ?」


 僕は頷いたか頷いていないかというほど、僅かに頷いた。


『名前はケイ。ヴィーン・ケイだ。恐らく間違いない』


「そう……だったんですか」


『幸せそうで良かったと思う。ケイが被害に合っていなくて良かったと思う。彼女が笑っていたから良かったと思う』


「ふーん」


『何だ?』


「いや、殿下も女性についてそんな風に思えるのだな、と思いまして」


 自分が発した言葉が今更恥ずかしくなって、コルムから顔を背ける。


「でも、ダメですよ。相手には大事なご家族がいて、殿下にも大切な、それは大切なリーシャ様というお相手がいらっしゃるのですから」


『お前に言われなくても分かっている。今更ケイとどうこうなりたい訳でもない』


「でも、まあ、綺麗な方でしたね」


 なぜか焦った僕は、コルムを睨みつける。

 ただ、……あの笑顔はあの頃から僕だけのものだと、僕にとっては特別なものだ、と思っていた。

 しかし、ケイはあの隣にいた男にも同じように笑いかける。当然だ。

 自分が恥ずかしい。

 そう。今更気付いてしまったから……。

 僕はケイを……愛していたのだ、と。


『長い間、勘違いしていた』


「勘違いですか?」


『……』


 文字を書こうとして、その指を止めた。

 何年も漠然としたこのケイへの気持ちが、愛だと知った。そんなことをコルムに伝えたところで、馬鹿にされる だけだろう。それにその愛をリーシャへ注ぐべきだと叱られるだけだ。

 ケイに対する恋愛感情に気付いたその日に、それは叶わないものだと思い知らされるなんて、本当に情けない。

 だから、恋愛感情なんて……勘違いだったのだと思い込むことにした。

 感情の切り替えは王室教育で身につけた最大の武器だ。

 しかし、ふと、先程僕の横を通り過ぎていったケイの姿が脳裏に浮かぶ。

 いやいや、もう忘れるんだセドゥリウス! 彼女はただの領民だ。それだけだ。

 首を左右に振ってから、自分の平常心を取り戻そうとした。


『とにかく』

『とにかく、僕はリーシャをもっと大事にする』  


「それがよろしいかと思います」


 即答するコルムは真剣な眼差しで僕をジッと見つめてきた。

 コルムは正しい。リーシャとの婚約の儀が近いのだ。リーシャを悲しませないように彼女にもっと寄り添わなければならない。

 ケイが幸せなら、僕も幸せになろう。

 リーシャと良い夫婦になれるよう努力をしよう。そう呪文のように自分に言い聞かせる。

 しかし、何故だかそう思えば思うほどケイとケイの横にいた男性の楽しそうな姿が頭に浮かび、胸が苦しくなる。ケイの隣で笑うのが僕であったならと考えてしまう。

 恋とはこんなに胸が苦しいものかと思い知る。

 でも、もうケイのことは忘れなければ……。

 もう、後にも先にもお互いに道は決まっているのだから。



最後まで読んで頂きありがとうございます。


何か感じるものがありましたら、評価や感想などで教えて頂けると、大変喜びます。


次話もがんばります。


宜しくお願い致します。

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