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「明日ベアナへ向かうと言うのに、今夜、本の選別をする必要あります?」
文句を言いながら王城図書室へ向かうコルムにはすでに仕事を与えていた。明日からベアナで読むための魔力に関する本を集めるように指示したのだ。
『必要ある 頼んだぞ 図書室の隅に まとめておいてくれ』
「もちろん殿下も手伝ってくださるんですよね?」
「僕は 街の本屋を探す 図書室の方は任せた」
「はいはい、かしこまりました。気をつけていってらっしゃいませ。遅くならないでくださいね」
『子供じゃない』
「まだまだ、僕がいないと何もできないくせに」
何か言ったか? とばかりにコルムを睨みつける。
これで当分コルムを図書室に引き付けておける。僕はそのまま図書室を後にした。
ヨシ! コルムを巻けた。
早く城下に下りて、明るいうちに探せるところを探す。それでもケイが見つからなければ……。
そうして、僕はケイを探し出すために城下の街へと一人で繰り出した。
しかし、その夜、僕はその甲斐なく城にとぼとぼ歩き戻ることになった。城に入る手前、街を見下ろせる高台の草原に座り込み、一人夜空を見上げた。厚い雲があるのか、月も星も何もない真っ暗な夜空だった。ケイがどうか同じ夜空の下、同じ空気を吸っていて欲しいと願った。
そう、先日ケイの姿を追った路地を中心に探し回ったが、とうとう彼女を見つけ出せなかったのだ。
やはり、人違いだったのだろう、と納得すべきかもしれない。
そう思いつつ、胸のポケットから若草色の紙ひこうきを取り出した。中には文字を書き込んでいる。これが最終手段。
———-あなたを探しています。お返事ください。
街中で飛ばしても路地の多い街中では紙ひこうきの行方を見失う可能性がある。この高台からなら、少なくともケイのいる大体の方角までは確認できるはずだ。立ち上がって、紙ひこうきを構えたその時、ポツリと顔に水滴が落ちて来た。
雨か……。
再び暗い空を見上げると、顔に次々と雨粒が降り注いだ。
とりあえず、方角だけでもと紙ひこうきを飛ばした———強くケイを想って。
ズキンッ!
次の瞬間、僕は覚えのある鈍い頭痛に襲われた。
またか……。思わず両足を地面に付き、頭を抱える。
紙ひこうきは? どこに向かっている?
開こうとする瞼はぼやけ、次第に若草色の紙が視界から消えていく。
クソッ! こんな時になぜッ……。
激しくなる雨に比例して、頭痛も酷くなっていく。
気のせいか耳の奥で馬の蹄が聞こえた。
こんな夜更けに誰が城を出るんだ? こんなところを城の者に見られるのだけはごめんだ。
「殿下ッ!」
コルム?
僕は彼の声を聞いて安心した。他に騒ぐ声も聞こえてこないから、コルムが一人で来てくれたのだろう。
「どうなさいましたッ? 殿下ッ!」
助けてくれ……コルムッ!
あまりの痛みに何かにすがりたくてでも頭を上げることもできず、コルムの腕らしきを何とか掴みにかかる。力の入りすぎた自分の体が小刻みに震えているのが分かった。
以前の頭痛より治りが遅い。
そんな僕にコルムは落ち着いて僕の肩を引き寄せ、しきりに声を掛けてくれる。
「大丈夫です。じきに良くなります。ゆっくり呼吸を整えて下さい。大丈夫です」
何度かそう聞いているうちに自然と症状が改善していくから不思議なものだ。
やっとのことで顔を上げて彼の顔を見ると柔らかく微笑む顔が見えた。
「良かった」と呟き、安心したような彼は、僕の肩に回した腕にギュッと力を入れたかと思うと「立って歩けそうですか?」と優しく問いかけた。僕はそれに頷き返事をした。
「で、僕を図書室に閉じ込めているうちに何しに街へ下りたんですか? まあ、だいたい見当は付きますが」
しかし、二人で馬に跨ると、すぐにコルムの攻撃を受ける。
今更、本を買いに言ったと——-一応目眩しに実際に本は買ったのだが———説明した所で、すでにコルムに誤魔化しは効かないようだ。
「……」
「まあ、答えはどうでもいいです。とにかく殿下がご無事だったので」
コルムを背にして馬に跨っていたため彼の顔を見ることが出来なかったこともあるが、僕は馬上で言葉を描かなかった。
『すまなかった』
やっとそう伝えたのは僕の寝室の前だった。
「いいえ。ただ……もう、一人で行動するのはおやめ下さい。この短期間で二度もそんな頭痛が起こるのはおかしいです。殿下、お願いですからいつも側にコルムをお付け下さい」
『分かった でも 寝る時は勘弁してくれよ』
「お眠りになる時は、リーシャ様をお側に、殿下」
片目を一瞬閉じてウインクしたコルムは、次の瞬間には真剣な顔になっていた。
「本気で心配しているんです。私だけでなく、リーシャ様もです。ケイ様のこともしかり、一人で抱えないで、私にだけでも話して下さい。あなたをお支えするのが、私の役目です。殿下、どうかご無理をなさらないで、私を頼ってくださいませ。お願いします」
じっと目を見て話すコルムの暖かい言葉は揺るぎなく、僕の心に届いた。
『分かった コルムの気持ちを 真摯に受け取るよ』
「はい。……では、おやすみなさいませ」
『明日からのベアナも 宜しく頼む』
「もちろんです。ゆっくりお休み下さい」
頷いた後に「お前もな」と人差し指をコルムに向けた。彼が僕に軽く頭を下げたため、そのまま、部屋の扉を閉めようとした。が、最後まで扉は閉まらなかった。しっかり閉まってしまう直前でどうやらコルムが向こうから取っ手を掴み、それを阻止したためだった。
「あの……殿下」
その声に僕が再び扉を開けると、俯き加減のコルムが言い出しにくそうに口を開いた。こちらの反応を見てから続きを話そうとしているのか、彼は僕の顔をじっと見つめた。
僕は「何だ?」とばかりに首を僅かに右に傾げた。
「リーシャ様や私じゃ駄目ですか?」
訳が分からず、今度は首を反対の左に深く傾げる。
「ケイ様の代わりです。リーシャ様と私が貴方様を一生お支えするとお誓いしているんです。なぜケイ様にそんなに執着なさるんですか?
それから、ケイ様が見つかったとして、殿下はあの方をどうなさるおつもりなんですか?」
今までの思いを吐き出すかのように一気に話し終えたコルムは僕から目を逸らし、「前にもお伝えしましたが、私には殿下のお考えが理解できません」と呟いた。
僕が彼の肩に手を置くとコルムはまた僕と目を合わせてくれた。
『僕は ケイに 幼い頃の恩と その礼を伝えたいだけだ
彼女を どうにかしようなどとは 考えていない』
そうだ。ケイをどうにかしようなどとは考えてはいない。……それは嘘ではない。ただ、ケイの事を考えると他の事が手につかなくなるのだ。
『だが 生死だけは 確認させてほしい』
強張ったコルムの表情が僅かに緩み、彼は「はぁ」と仕方なさそうに息を吐いた。
「それを聞いて安心致しました。そういうことなら、私もケイ様の捜索に協力致しましょう」
『ありがとう』
「それから、もう一つ……殿下、マッカー家の今晩の晩餐会をすっぽかされてます。明日、直々に謝罪をして頂きますよッ!」
まさかッ!
「聞いてない風な反応されても、もう時すでに遅し、謝罪のみですから。頼みましたよ」
うなだれる僕に容赦ないコルムの攻撃。
『すまない』
「貴方様にとって一番に大切にすべきはリーシャ様です。しつこいかもしれませんが、それだけは肝に命じておいて下さい。では、私はこれで失礼致します」
僕の言葉を待つ訳もなく、最後にコルムは一方的に話し、そして一方的に扉を閉めて去って行った。
まさしく自業自得な自分の情けなさに、また頭痛がぶり返してきそうだった。
しかし、その後気持ちを切り替える事ができたのはコルムのおかげだった。第二王子としての自覚を久しぶりに取り戻した僕は、とりあえず明日に備えようと、すぐにベッドに入った。
その夜降り始めた雨は、幸いにも次の日の日の出までにはすっかり上がってくれた。
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