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プロローグ2 聖女見習い→勇者

ここまでは短篇と同じ内容です。

 シャーロットは地下通路を使って王都へ向かった。転移の魔法でも使えれば良かったが、単独の転移でもランクはS。シャーロットが納めている魔法のランクは精々Bが良いところ。転移なんて上級の魔法は使えなかった。

 これでも十歳になるシャーロットがBランクの魔法を使える時点で人類としては天才と言われるレベルだ。一生かかってもBランクの魔法が使えない魔法使いもいる。


 彼女がこの年齢でここまでの魔法を使えるのはグリモアによる指導のおかげだ。グリモアの警備の関係上、彼女たちは高ランクの魔法を覚えて護身術も習っていた。もしもの時に備えてだ。

 そのもしもが、今回起きてしまった。こうなってほしくないと思っていたのに。


 一日かけてシャーロットは王都に着き、すぐさま王城に通されて事情を説明。すぐさま騎士団が編成されて出撃。これにシャーロットも同行した。

 村に着いたのは夜遅く。そこで彼女たちが見たのは壊滅した村の跡地と転がる死体たち。そして村の中央にいた一匹の強そうな吸血鬼と、その眷属たる下級の数だけ多い吸血鬼だった。


「盗賊の襲撃に合わせて、吸血鬼まで……!」


 だが、そこは王都にいる騎士団。国の中心を守っているだけあってその実力は折り紙付きだった。眷属らしき吸血鬼はすぐさま討伐され、主たる吸血鬼も時間はかかったものの、誰も吸血されることなく倒しきることができた。


 他にも吸血鬼がいないか確認しながら、シャーロットは騎士団に護衛されながら教会に向かった。向かっている途中で気付いていた。教会は村の中でも一際大きな建物だった。グリモアを管理する砦だ。そこが小さな建物のはずがない。


 そうして近付いて、シャーロットは膝をついた。跡地と呼ぶにしても何も残っていない、全てが燃えた場所。黒ずんだ土に、木造だったために残っているであろう炭。造形も何もなく、ただただ地下通路への壊れた入口が残っているだけだった。


「あ、ああ……」


 姉は死んでいると思っていた。あれだけの盗賊たちに一人で敵うとは思っていなかった。そもそも盗賊かどうかすら怪しい武装集団だ。この村の先鋭たちも敵わなかった相手に、一人でどうしろというのか。

 それでも僅かな希望を持っていた。どうにかして逃げたんじゃないか。せめて抵抗した証としてグリモアを保管していた宝物殿、教会は残っているのではないかと。


 だが、一族をかけて、それこそ自殺してでも守ろうとしたグリモアすら残っていなかった。教会を燃やしたのは盗賊たちか、それとも村に居座っていた吸血鬼か。それはわからないが、一族の使命を守れなかったことも心にきた。

 両親も姉も、その命を投げ出してまで守ろうとしたもの。そしてこれからは自分が守らなくてはいけなかった、世界を巻き込む魔導書。今回犠牲になったみんなの分まで守ろうとした最後の心の拠り所。


 それすら、奪われていた。燃えてなくなったのか、誰かが持ち出したのかすらわからない。

 あるのは、グリモアをなくしたという事実だ。


「あ……ああああああああああああぁぁぁっ⁉︎」


 一族の使命も守れず。グリモアがどうなったのかすらわからず。たった一人生き残ってしまった。

 こんなことになるのなら、自分もみんなと一緒に死にたかった。自分だけが生き残りたくなかった。グリモアを守れないのなら、自分が生きている意味は。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!わたしだけ、生き残って……っ!グリモアもないなんて……!」


 封印のための金色の鍵を握りしめながら、シャーロットは嗚咽を零す。十歳の少女が背負うものではない。それがわかっていたから近くにいた騎士は彼女を抱きかかえて王都へ引き上げを開始する。

 グリモアの消失。村の壊滅。これから世界は流転するのならば、早々に動き出さなければならなかった。


────


「あー。シャーロットちゃんがあそこまで背負いこむなんて思ってなかったなあ……。私のミスなのに」


『ホント、責任は取るべきだと思うよ?シャーロットが可哀想だ』


「私がグリモアのことは全部受け持ちますよ。そういう意味じゃ寿命のないアンデッドになったのは好都合かもです。……シャーロットちゃんのことも気にしながら、動きましょうか」


 アリスは騎士団とシャーロットの様子を森の中から確認していた。吸血鬼にした眷属の情報や自分の身体の変化。それにシャーロットたちがどう判断するか把握して起きたかったのだ。

 吸血鬼、それも真祖になってしまったからか、村からだいぶ離れた森の奥でしっかりと会話の内容を把握していた。眷属を通せば会話の盗み聞きくらいなんてことなかった。

 グリモアの消失を疑っていなかったのは助かった。実際これから表舞台にグリモアを残さないつもりなので燃やされたか、盗賊に奪われたと思われるのは都合が良い。


「それにしても眷属って使いづらいですね。直接眷属にした存在しか感覚共有できないですし、日光であっさりと死にますし。彼らが更に眷属化した存在はこっちの制御が効きません。吸血鬼って大したことないのでは?」


『まあ、夜の支配者だから。ドラゴンより融通が効かないけど、強いのは確かだし。それに今の君なら昼間でもドラゴンとやりあえるよ?』


「身体能力にはびっくりしました。でも試すこともたくさんありますし、魔法や知識についてももっと勉強しないと」


『だね。今は君が所有者だからグリモアを読むことに制約がない。どっちの書もマスターしてくれ』


 アリスが確認したのは昼間でも日傘をさしていれば行動に支障がないこと。直接日光を浴びても不快なだけでダメージなどは一切なかった。そのため昼間も問題なく動き回れる。

 睡眠欲や疲労などを感じないこと。身体能力がそれこそただの騎士なんか圧倒できるほど増してしまったこと。爪を伸ばせたり羽を生やすこともできること。


 生前使えた魔法も問題なく使えること。それどころか魔力量が増えたのか、火力がとんでもなく上がっていたこと。

 眷属を作るのに吸血は必要ないこと。相手の実力や種族によって眷属がなる吸血鬼の種族が変化すること。強い存在なら強い吸血鬼になり、動物ならその動物に類した吸血鬼になった。


 その眷属は日光などの弱点を克服していないこと。感覚を共有できるため偵察に向いていること。痛覚は遮断できること。やられたら誰がやられたか感覚でわかること。命令には忠実なこと。

 自身は吸血鬼として吸血欲求がないこと。飲食は問題なくできるがお腹は別に空かないこと。動物や人間を見ても反射的に襲うという気概が湧かないこと。吸血しなくても生きていけそうなこと。

 とりあえず確認できたのはこの辺りだ。


「勉強しながら隣のマルハッタン帝国を滅ぼしましょうか」


『そうだね。僕が先生になろうか』


「人前じゃグリモアなんて呼べませんし、グーちゃんって呼びますね。表向きグーちゃんは使役魔獣ということで」


『仕方がないんじゃない?さあ、復讐の時間だ』


 アリスは眷属にした襲撃犯からその素性を聞き出している。彼らは隣国のマルハッタン帝国の特殊工作部隊だった。グリモアを奪取しようとして、グリモアを利用して世界の覇権を取るつもりらしい。

 そんなことで滅ぼされたと知って、アリスは激しい憤りを感じていた。これは正当な復讐だと、納得していた。

 この一月後、マルハッタン帝国は謎の吸血鬼の襲撃により上層部が壊滅。市民たちは隣国へ逃げ出し、帝国は各国に併合されて地図からも歴史からもその名前を消失した。



 あの村の襲撃から三年が経ちました。

 あれから私は村を襲撃したマルハッタン帝国を滅ぼしたり、その結果産まれた難民たちをできるだけ丁寧に他の国へ運送したり、グーちゃんから魔法や知識を教わったり。

 自分が何をできるのか実験をしたり、いなくなっても問題ない悪人を眷属にして世界中に放って情報網を構築したり。まあできることをしてきました。


 あとはシャーロットちゃんの様子を見るためにグンナル王国の王都にもちょくちょく顔を出したり。眷属を必ず三体は王都に忍ばせておいて無理をしていないか確認していたんですけど。

 私は小さくため息をつきます。いえ、ため息も出てしまうのは仕方がないかと。


 今私は王都スルーズの大通りにある喫茶店にいます。グーちゃんも注文したスコーンを美味しそうに食べています。魔物使いなんて職業があるために、猫に羽の生えた生き物を側に置いていても新種を見付けて使役している魔物使いとしか思われません。

 私も紅茶を飲みながら喫茶店に置かれていた最新の情報板──魔法の文字で情報を印字した板──を眺めています。紙は貴重ですし、これなら文章を魔法で書き換えるだけなのでこういう喫茶店にも平然と置けます。


 重要な情報は王立図書館か王城の情報機関、それにこういう情報を売りに出している商会にしかないでしょう。

 問題はその情報板に書かれている内容。いつもだったらいくつかの情報が載っているのですが、今回は一つの情報が大々的に載っているだけでそれ以外の細かい情報は載っていません。

 その内容とは。



『冒険者シャーロット・ロム・オードファン史上最年少での「虹」へ昇格!パーティーメンバーも「金」へ昇格。これからの冒険者チーム「ケルベロス」の活躍に目が離せない!』



 というもの。なんとシャーロットちゃん、依頼を受けて人々に奉仕する冒険者になっていたのです。グーちゃんの教えもあるので魔法の腕前はそれこそ天才を超える勢いですけど、魔物と戦う冒険者になるなんて。

 国に仕えるという選択もあったと思うのですが。

 冒険者は個人でランク付けされていて、下から赤・黄・緑・青・黒・白・銅・銀・金・虹。要するにシャーロットちゃんは僅か十三歳で冒険者の最高ランクになったということ。


 凄いですねえ。さすが私の妹。

 今回シャーロットちゃんはドラゴンを倒したために昇格になったのだとか。ドラゴンと言っても地龍のようで、空を飛ぶドラゴンじゃなかったようですけど、ドラゴンはドラゴンです。

 ドラゴンスレイヤーは確実に虹に昇格ですから。それだけドラゴン種というのは強く、他とは隔絶した強さを持ちます。広範囲のブレスに、まともに刃の通らない強固な鱗。身体能力も高いので虹クラスの冒険者じゃなければ討伐できません。


 私も倒すのは面倒ですし。

 どうやらたまたま地龍に遭遇して、パーティーで戦ってトドメをシャーロットちゃんが刺したみたいですね。

 それにしてもシャーロットちゃん、いつの間に剣なんて学んだのかしら?魔法も剣も一流の勇者なんて呼ばれてるけど、シャーロットちゃんは村にいる間は剣なんて握ったこともなかったはずなのに。


 たった三年で一流なんて呼ばれるほど修練を積んだのね。お姉ちゃん鼻が高いわ。胸張って喜びを示したいけど、アンデッドだからこれ以上胸は大きくならないし、日が昇っている間は不快感が強いからあまり歩き回りたくないし。

 お姉ちゃん自慢したかったけど、残念だわ。私って公的には死んでるもの。あら、アンデッドだから私的にも死んでるわね。うっかりうっかり。


 私がグリモアを持っていることを隠すには死んでいることにするのが一番都合がいいもの。グリモアなんて世間的には知られていないけど、大国の上層部は確実に知っている。そこから狙われるのは面倒だわ。

 そのせいでシャーロットちゃんをこうして影からしか眺められないのは困る。辛い。妹が普段根城にしている宿や冒険者組合に顔を出せないのは心苦しい。

 まあ、こっそり眷属を送り込んで確認したりしているけど。まさかアンデッド化したネズミがシャーロットちゃんの観察にこんな役立つなんて。


『ねえねえアリス。今回王都に来たのは何で?』


「久しぶりだったのでシャーロットちゃんが元気か、言い寄る虫がいないかの確認です。それに王都が騒がしいって話もありましたし」


『うわあ。シスコンだあ』


 グーちゃんに呆れられるけど、あの可愛いシャーロットちゃんに言い寄るゴミムシなんて放っておけるはずがないのです。シャーロットちゃんはまだ十三歳。貴族とかであれば婚約の話も出てくるでしょうけど、妹はまだ女性じゃなくて少女。

 それも冒険者なんて荒くれ者ばかりの危険地帯。そこで女性パーティーを組んでいるからってシャーロットちゃんに手を出そうとする輩は必ずいる。


 まあ、そんなことをしたいけない虫さんには一週間くらいお腹が痛くて仕方がない呪いを眷属通してかけたりしてますけど。

 そんな野蛮な目に遭ってほしくなくて、できたら王家お抱えの宮廷魔導師とかになって欲しかったんですけど。グリモアのおかげで知識も実力も十分だったでしょうし。

 あの子が選んだ道なのだから、文句は言いませんけどね。


「でもまさか昇格で騒がしかったなんて。何か問題でも起きたのかと思いましたよ」


『今の所王国は平和じゃない?そりゃ地龍はびっくりだけど、他に強い魔物が出たとは聞かないし、他国が戦争を仕掛けようとしてるなんて話は聞かないし』


「ですねえ。なので適当に小麦でも買い付けて帰ろうかと思ってます」


『すっかり商人が様になってるじゃないか。こっそりシャーロットに依頼出したりしなければいいのに』


「だって、お金に困ってるのかなと。妹が困っていたら援助するのが良い姉でしょう?」


『過保護なだけじゃない?』


 緊急性がなかったのでよしとしましょうか。適当に荷馬車を借りて小麦をいっぱい買って帰りましょう。

 ここでのんびりしていたらシャーロットちゃんに見つかりかねませんし。成長したシャーロットちゃん、私にそっくりなんですよねえ。だから顔を見られたらバレちゃいます。

 常人にはわからないように魔法で顔を少し変えていますけど。凄腕の魔法使いとかであれば勘付くかもしれませんから、長居は無用です。

 また何かあれば来ましょう。


「元気でね、シャーロットちゃん。お姉ちゃん見守ってますから」


『眷属使って物理的に見守ってるんだよなあ』


 グーちゃんうるさい。会計を済ませて日傘をさして帰ります。王国は戦争に関わりませんけど、他の国で戦争が起きそうなので、食料と武器は値が上がりそうなんですよねえ。ペテル神聖国とヴェリッター十字国。宗教戦争らしいので長引きそうです。

 グリモアを求めての戦争じゃなければ、商人として儲けさせてもらいましょうか。


不定期で更新します。

月木日以外に更新するかもです。

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