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スーパーエコロジカル

作者: 相草河月太

 乗っていた飛行機が墜落し、アナベルたちは砂漠のど真ん中に放り出された。


 よりによって乾季の火星での出来事だ。テラフォーミングの甲斐もなく崩壊した火星全域での生命活動は150年前に放棄されている。命があったことを喜ぶべきだが、生き残ったアナベルとマネージャーは完全に動かなくなり救難信号すら送ることができなくなった飛行機を前に、確実に迫る死を感じていた。


 「はあ、なんでこんなことになっちゃったのよ」


 薄いサテンのストールで全身を包み焼けるような太陽からなんとか身を守ろうと頑張るアナベルがグチをこぼす。喉の乾きに耐えられず、機内に残された貴重な水をゴクゴク飲んでいる。


 「どこかにオアシスはないの?」


 「ここは火星ですよ、アナベルさん。今や火星ではわずかに残されたドームに人が暮らすにすぎないのは知っているでしょう?酸素があるだけでもありがたいんです」


 マネージャーはふうふう息を荒げ、滴る汗を拭いている。でっぷりと太った彼と比べるとアナベルの肢体のスマートさが際立って見える。アナベルは世界的なインフルエンサーで、徹底したヴィーガンとしてよく知られている。動物性の変性タンパク質や飽和脂肪酸を排することがこのスレンダーなボディを作るのだと本人も信じているし、彼女の視聴者たちも信じている。


 今回は大々的な火星ツアーだったのだが、予算の関係でチープな工程を組んだのが間違いだった。世界的インフルエンサーとは言っても、彼女はその性格が災いして企業やスポンサーとうまく関係を作ることができず、一部の熱狂的な支持者の捧げ物のような寄付やグッズ売上、サイン会の入場券などの販売でなんとか生活をしている。


 「あのグリーンミートの飛行機を借りておけばよかったんですよ」


 マネージャーが、ツアーの旅行費をロゴ入りの飛行機やビークルに乗ることを条件に提案してくれた会社の話を出す。


 「だって、あそこの社長は肉を食べてるのよ!信じられる?それも人工肉じゃなくって、わざわざ地球で養殖した豚を、殺して、食べてるのよ。そんな人の会社に援助してもらうくらいなら、死んだ方がましよ」


 そうなのだ。これがいつもの調子なのだ。


 いくらエコや環境問題、動物虐待が叫ばれても、人は肉を食べるのが自然なようで、会社の経営者やCEOになると皆、地球の牧場で育てられた本物の肉を好むようになる。昔ながらのやり方で子供の頃から植物の餌で育て、苦痛のないように処理された牛や豚の肉を食べることが、お金を稼いで一番やりたいことになるようだ。


 だからアナベルに協力を申し出るスポンサーも、ほとんどの会社のトップは実は肉を食べている。アナベルにはそれが許せないのだ。グリーンミートや人工肉、ヴィーガン向け食品を作るなら、それを自分でも徹底すべきだろうし、そうじゃなければ「アナベル」の名前をその宣伝に使うわけにはいかない。


 ある意味プロ意識の高い発想だけれど、社員全員がヴィーガンの会社なんてそうそうあるはずもなく、いつでもマネージャーは持ってきてくれる企業にお断りの連絡をすることになる。


 「ふう、ともかくこのままじゃ干からびちまいますな。なんとか救助を呼ばないと」

 「本当よ。お願いだからこのままここで死ぬなんて言わないでね」


 アナベルはカバンからモバイルセルを取り出して、周りの様子を撮影し、自撮りまでし始めた。どうやらこの事故も話題作りにつかうつもりらしい。転んでもただでは起きない根性は見上げたものだ。


 マネージャーは自分のセルを仕切にいじって見るが、予想通り通信範囲外だった。アナベルを見ると、彼女も肩をすくめた。


 「ま、まあこの中を通過する飛行機は多いはずです。それに到着予定もドームには知らせてあるし、きっとすぐに救助が駆けつけますよ」


 しかしどう言うわけか、夜になっても助けはこなかった。それに上空を通過する飛行機の姿も見えない。どうやら安物のオートパイロットが航路を外れ、二人は予定にない場所で遭難したらしい。これでは本当に、いつ助けが訪れるかわからない。


 火星の夜は氷点下を下回る。二人は飛行機の燃料を燃やして暖をとりながら、それでも歯をガチガチ言わせて夜を過ごした。


 3日が過ぎ、水も尽きて二人は死を覚悟した。マネージャーはいまや、アナベルの体が美味しい肉に見えて仕方がない。死んだら食べてやろうとまで思っているのだが、完璧な腸内環境と省エネな肉体を持つ彼女は意外にもタフで、先に死ぬのは自分のほうかもしれなかった。彼女がヴィーガンを卒業するきっかけがこの遭難だとしたらそれもまた笑い話だ。


 うだるような暑さにめまいが止まらず、アナベルは自分が遠くに人影を見たような気がしたがそれも信じられなかった。きっと幻を見ているに違いない。


 「ねえ、私とうとう幻覚が見えてきたわ。いるはずのない助けが見えるの」

 自重気味なアナベルの声に、マネージャーも答える。


 「アナベルさんもですか。私もおんなじです。いるはずのない人影が、こっちに向かってくる」


 二人が共通幻覚に自分たちがおかしくなったことを確信していると、その人影はどんどんと大きくなり、やがて二人の下にたどり着いた。


 それはラクダに乗った大きなポンチョに全身を包んだ男だった。マネージャーは信じられずに目をこする。地球ならともかく、火星の砂漠に放浪の民が生きていけるなんて聞いたことがない。


 「あなたたちは遭難されたんですか?」


 相手の発する言葉が理解できる。アナベルは涙を流し、いや、水分不足で実際には出なかったが、涙が出そうほど喜んだ。


 事情を説明する二人に、男は理解を示したが、困ったようにいった。


 「なるほど、しかしここは本来の航路から相当外れた辺境です。救助がくるのはかなり低い確率でしょう。あなたたちを助けたいが、私も自分の分しか食糧がなくて」


 しばらく考えて男は言った。

 「あなたがた、僕を信じてくれますか?」

 

 二人に選択肢はなかった。


 男はラクダに積んでいた干からびた木の皮のようなものを取り出すと、それを手で揉み解し粉にした。そして、二人にそれを飲むように言った。

 

   *   *   *


 今や、マネージャーとアナベルはヴィーガンなんていう中途半端なものの信奉者ではない。


 彼女たちは火星で経験した神秘的体験によって、あれから男の広めている超健康法の虜になった。


 それは『ミイラ』健康法。


 あの粉はテラフォーミングで誕生した火星独自の植物に宿る寄生生物を取り出したものであった。彼らは極限環境で宿主を守るため、一定以上の乾燥に見舞われると寄生した動物の水分を吸収し、その生命活動を一時停止したまま極度の乾燥状態にして乾季を乗り越えさせることのできる生き物だ。男はそれを植物から(と言ってはいるが、マネージャーは生き物だったのではないかと思っている)とりだし二人に飲ませた。


 二人は見る間にしぼみ、意識を失ったが、命をなくすことはなかった。


 そして男が運んでくれたドームの医療施設の液体ジェルのなかで、萎んだ体に水分を吸収し生き返ったのだ。


 その言葉、『生き返った』という言葉は文字通りの意味だった。


 ミイラ状態から蘇った二人は医者が驚くほどの健康状態で、もともとスリムでバランスのよいアナベルだけでなく、あれだけ太っていたマネージャーさえも理想的な脂肪量の健康体になったのだ。


 冬眠をする動物がその冬眠中に体のバランスをととのえるような効果が、ミイラ化にはより強く働くらしい。男はそれをしっていて、火星の金持ちに売るためにこっそりと採取を行っていたのだ。


 今や、地球上の4分の1の人工が定期的にミイラになって超健康的な生活を送っている。あの火星の寄生生物も、大工場で製造され手軽に手に入るようになっている。


 ミイラ化は健康だけでなく、余計なエネルギー消費の抑制にも繋がり、国家ぐるみで推進されている。


 アナベルは今日も自分の信者たちにミイラ化を勧めながら思う。


 ヴィーガンだった頃の私は、これを求めていたんだ。この完璧な純粋さを。何も食べる必要のない健康法。


 そう、本当にエコや環境問題に取り組むんだったら、みんなミイラにならないと!

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