麻耶と楓の話 第8話
楓は小さくやっと息をしている私の顔の前に、殴った金槌を見せた。
「見える?これで殴ったのー!…痛い?ねぇねぇ!かなり痛い?答えてよ〜!!それが聞きたくて家にわざわざ上げたのに。このまま何も言わないで死ぬとか、やめてよね。」
狂ってる…コイツ誰だ?
もう痛くて辛くて涙が零れた。
頭の傷から出血していて、顔にまで血が垂れてきていた。
目に血が入って、一瞬にして視界が紅く染まる。
瞬きすらも出来なくなりつつある私を楓は急に引きずり始めた。
「ここじゃ邪魔だからさぁ。ちょっと移動しましょうね〜。」
足を持って引きずる。
ズルッズルッと音を立ててそれに合わせたように私の視界も少しずつ動く。
…床が硬くて痛い。
部屋と部屋の間の敷居もそのまま引きずるから、段差を跳ねた勢いで顔が打ちつけられて痛い。
ねぇ。楓。
痛いよ。
痛いからやめて。
だんだんと薄れる意識の中、私はただただ楓への怒りを感じていた…。
押し入れを開けて鼻をつまむ。
「う〜!パパもママもだいぶ臭うよ〜?やっぱりお風呂入らないとヤバいんじゃないの?」
血まみれで押し入れの中に座らされている男女。
…楓の両親だ。
もうすでに腐りかけ悪臭を放ち始めていた。
「あ、お風呂!雨で濡れちゃったし、麻耶の血もついてるからお風呂に入ってくるよ!麻耶、大人しくしててね〜!」
狭い部屋に響く酷い雨と風の音。
そこに混じって楓の鼻歌が響いた…。
ふと目を開けて頭の痛みに顔をしかめた。
「うぅ…い、痛っ。」
少しの間、気を失っていたみたいだ。
早くここから出なくちゃ。
楓は…?
目を動かして耳を澄ます。
危機的な状況だからか普段より神経が研ぎ澄まされている気がした。
気配がない。
激しい雨と風の音に混じって、シャーッと水の流れる音がした。
シャワー浴びてる…?
逃げるなら今しかない。
今を逃したら本当に殺されてしまう。
体で動かせる所を必死に探す。
指…手…腕…よし。いける。
次に足。
足首…膝…曲げてみる。
これもいける。
体を少しずつ起こして、四つん這いの体勢になろうとした。
だが、動かして初めて左足が上手く動かない事に気づく。
頭の右側を殴られたからか…?
なんで今冷静にそんな事考えてるんだ?
左手の指も上手く動かない。
握ろうとしても上手く握れない。
右肘だけを何とかついて、ほふく前進のように頭の痛みに耐えながら少しずつ前に進む。
ズリッズリッ
あと少し…。
部屋の敷居を越えて、キッチンに入る。
自分の血の後の上もそのまま進む。




