麻耶と麻世の過去 第5話
父の首がダランと垂れる。
…ドサッ
私が手を離すと父は力なく床に横たわった。
「ア、アァ……。ウ、ウワァーーーーーーッ!」
震える自分の手を抑え、自分でも聞いた事のない声で叫んだ。
…私はこうして自らの手で実の父を殺した。
物音で駆けつけた看守は、慌てて鍵を開け父に声をかけた。
だが、すでに事切れている様子に気づきすぐ応援を呼んだ。
その後様々な人間が出入りしたが私の姿は全く見えておらず、泣きながら父を見下ろす私に気づく者は誰もいなかった…。
いつまで泣いていたんだろうか。
もうすでに暗くなった道をフラフラとアパートまで辿る。
どうやって戻ったのかどんな景色だったのかほとんど覚えていない。
アパートの前まで来ると、大家のおばさんが階段に座り待っていた。
「麻世。…おかえり。」
おばさんはそれだけ言うと私を抱きしめた。
「ご、ごめんなさい…ごめんな、さい。ごめんなさいっ!うあぁーーーーっ!」
また私は泣いた。
もう枯れてしまって出ないと思ったのに、涙は次から次へと溢れて止まらなかった。
おばさんは何も言わず、ただ私を抱きしめ頭を撫でた。
その後、落ち着いた私をおばさんは自分の家へ連れて行き、布団を敷いて寝かせてくれた。
私はもう何も考える事が出来ず、布団に入ってすぐに泥のように眠った。
寝息を立てる麻世を見ながら大家の女性は呟く。
「またアンタを助けてやれなかった。ごめんね。これで上へは行けなくなってしまった。どうしたらこの子は救われるだろうか…。」
後でおばさんに聞いた話だが、私は悪霊と呼ばれるものになってしまって、しかもかなりの力を使った事で普通に死んだ人間とはだいぶ違っている状態らしい。
寺の娘だったこの女性は、今までにも何度かこういった体験をしていた。
しかし、私のような小さな子供がここまでの事を起こすのは初めてだと話していた。
私はそれから3日間眠り続けた。
眠っている間に母は退院してきていたらしい。
が、退院したその日のうちにフラッと大家のおばさんの家へ顔を出してそのままどこかへいなくなったそうだ。
結局、私は何がしたかったのだろう。
ただただ一人が寂しくて、母の側に居たかっただけのはずだ。
眠りから覚めておばさんから話を聞いた。
私はどうしても母に会いたかった。
会ってどうするかなんて考えていなかったけれど、これはきっと本能みたいなもの。
単純に愛情に飢えていたんだと思う。
「私、お母さんに会ってくる。会いたいの。」




