アパートの秘密 第3話
毎日、怒鳴り声が響く家だった。
「誰のおかげでメシが食えると思ってんだ!?」
ガシャンッ!!
大きな音を立てて男は茶碗を女に投げつけた。
「…すみません。」
小さく謝りながら女は床を片付ける。
怯えながらチラッと男の方へ視線を向ける。
「なんだぁ?その目は!?何か不満でもあんのか?」
「…いえ。何もありません。」
目つきが悪いのは昔からだよ。…心の中で呟きながら、女はただ黙々と男が汚した部屋を片付けた。
「チッ。胸糞悪ぃ。」
悪態をつきながら男が部屋を出ていく。
バンッ!!
再び大きな音を立てて扉が閉められた。
女は緊張が解けたようにフゥッとため息をつく。
「なんだってあんなのと結婚しちまったのかね…。」
過去の自分へ文句を言いながら静かに片付けを終える。
質素な食事をしんと静まり返った部屋で済ませる。
男は毎日のように女へ当たり散らしてはああして家を出て行く。出かけるといつも帰りは夜中だ。
「これでしばらくは静かに過ごせるかね…。」
細々した家事を済ませて女は家を出た。
気分を変えるための散歩だ。
ゆっくりと歩き、空を見上げて風になびく髪の感覚を楽しむ。
「…そろそろ夏が来るね。」
そう小さく呟いた女の耳にトコトコと足音が聞こえた気がした。
…次の瞬間。足にドンと衝撃を感じた。
驚き下を向いた彼女はソレを見て目を丸くした。
足に抱きつくようにそこにいたのは小さな少女だったのだ。
「アンタ誰だい?重たいね…離しておくれ。」
女は面倒なモノに見つかったなと思った。
(…いくつくらいだろう?)
女には子供がいないのでパッと見ただけでは歳はわからない。昼間のこの時間に外にいるという事は学校へ上がる前だろうか?
少女はボサボサに伸びた髪と汚い顔をして、元が何色だったのかわからないほどに汚れたサイズの合わない服を着ていた。関わり合いにならない方がいいだろうと足から少女を引き剥がし、すぐにその場を離れようと歩き出す。
しかし、少女は女を追いかけ走ってくる。
…もちろん、裸足だ。
(あぁ…痛いだろうに。困ったね。)
考えながら早足で歩くが、少女は変わらず女を追いかけてくる。その目は生きる事に必死でとにかく食らいつこうというのが伝わってきた。
どうしたもんかと考えていたが、女は突然足を止めた。
「…アンタ、お母さんは?」
少女の顔は見ずに冷たい声で言い放った。
どんな風に答えるのか、女は少女の声を待った。
「……。」
何も答えない。
…少女は答えられなかったのだ。




