その後の話 第1話
「全部処分か…。まぁ、これもクロとの約束を果たす為の一歩だ。残り少ない時間だが何とかやり遂げてみせないとね。」
ウメさんは小さく呟き、腰をトントン叩いて伸ばしながら再び片付けへと戻った。
空っぽの部屋。
どことなく寂しく薄ら寒い気がする。
小さな棚を避けた壁に小さく落書きを見つけたのだ。
『おかあさんだいすき』
茜かクロが書いたのか…。
それとももっと前の住人か。
可愛らしい落書きのはずなのに何故か胸が苦しくなった。
この部屋で幸せな時間を過ごした住人は居たのだろうか?
なるべく住人の生活には入り込まないように気をつけていたから、普段どんな生活をしていたのかはほとんどわからなかった。
「やっぱり茜やクロは特別だったね。」
ウメさんは小さく言ってフッと笑い、静かに部屋を出た。
102号室の次は、103号室だ。
例の覗きの部屋だ。
「あの青年はどうなったかね…。意識が戻ったかどうかも私にはわからんが。」
警察と母親の許可を得て、部屋の契約は解除して必要な物は運び出してもらい、片付ける事になった。
その後、青年がどうなったのかいまだに連絡はない。
少しずつ…少しずつ…部屋が空っぽになっていく。
元に戻しているはずなのにどうしてこんなにも寂しいのだろうか?
誰かが住んでいた部屋というのは、やはり命が宿るかのように気配のようなものが残る気がする。
生活感というか何とも言い表せない透明な何か。
「あの青年も真っ当になってくれたらいいね…。まだまだ若い。今からでもやり直せるんだから。」
綺麗に掃除も済ませ、玄関で部屋の中を振り返った。
例の覗き穴はそのままだ。
…直す必要がなくなってしまったから。
「…さてと。次は慎二の部屋だね。」
腰を擦りながら一段ずつゆっくり階段を上がっていく。
201号室の前に立ち鍵を開け、静かに扉を開く。
ギギィーと軋む音が辺りに響いた。
玄関に入ると食器やら身の回りの物が雑然と並んでいる。
慎二が倒れた後、最低限のゴミの片付けなんかはしておいたので臭いはそれ程でもなかった。
着替えや身の回りの物などは、慎二からメモをもらってウメさんが届けた。
あの後、やはり下半身に障害が残ってしまい車椅子での生活を余儀なくされている。
慎二は今専門の施設に入り、自立する為に頑張っていた。
一緒に住むことも提案したが、老い先短い年寄りとではやはり不安だったのだろうか?
「いや…ウメさんは自分の時間を大切にするべきだよ。」と言われてしまった。




