201号室と103号室 第20話
「よしっ。じゃあ、行くか!」
男は痩せこけた頬をパチンと叩いて気合を入れた。
階段をテンポよく降りていくとウメさんが扉の前で待っていた。
「あ、すんません!お待たせしました。」
「今来た所だから気にするんじゃない。……それよりもアンタ少し痩せたかい?」
ウメさんはまじまじと男の顔を眺めて言った。
「あ、あ〜…そうなんすよね。ちょっと体調崩しちゃって。」
ポリポリと頬を掻きながら男は誤魔化した。
たぶん昨日会った時は暗かったからハッキリ顔が見えなかったんだろう。
「具合が悪かったのかい?そういう時は遠慮しないで言えって伝えてあっただろうに。…まったくしょうがないねぇ。」
困ったような様子でウメさんは言う。
「いやっ!たいした事なかったんで大丈夫っす。すんません…。」
何だかさっきから謝ってばかりだな…と思いながらもウメさんには頭が上がらないから仕方ないと考え直す。
俺がこのアパートに初めて来たのは、そこそこ大きくなってからだった。たしか高校2年の夏休みだ。
……
蒸し暑い日だった。
親戚の大人達から疎まれている事は言われなくても態度でわかっていたし、実際に手をあげられる事も時々あった。
俺にとってはそれが日常でみんなの言う普通の家庭なんてものとは縁がなかった。
学校で周りのヤツらから聞く話とはかけ離れすぎていて、誰かに相談するとかも考えた事はなかった。
「…お前、この家出てくれないか。」
世話になってた親戚のおっちゃんにある日突然部屋に呼び出されてそう言われた。
「え?…は、はい。」
俺にはそう答える以外に選択肢はない。
その瞬間、頭の中で様々な事を考えた。
…出ていく?
家はどうする?学校は?
いや…俺この先どうなるんだ?
グルグルと悪い想像ばかりが巡る。
ものすごい顔をしていたのだろう。
親戚のおっちゃんは俺の様子を見て不憫に思ったのか慌てて付け加えた。
「遠い親戚にアパートを経営してる人がいて、お前を預かってもいいと言ってる。そこへ行ったらどうかと思うんだが…。」
「あ、そうですか。…わかりました。」
「急にすまん。俺も何とか面倒見てやりたかったんだがな…。」
申し訳なさそうに言うおっちゃんは、言葉とは裏腹に少しスッキリした表情だった。
わかってる。…俺は邪魔者だ。
行き先が決まってるだけありがたいと思わないと。
10代でそんな経験をしたからか、俺は全く人を信用しなくなっていた。
だが、そんな俺を助けてくれたのがウメさんだったんだ。




