クロのしたい事 第6話
「…それとね、もう一つお願いがあるんだ。」
先程よりもさらに言いづらそうにクロは口を開いた。
「まだ何かあるのかい?言ってごらん。」
ウメさんは優しくクロを促した。
「う、うん…。あのね、それを話す前に一つ聞きたいんだけど。このアパートってこの先どうするつもり…なのかな?って。」
恐る恐る話すクロは直接ウメさんの顔が見られなかった。どんなリアクションをされるのか想像がつかなかったからだ。
「なんだい。藪から棒に。……このアパートかい?」
突然の思いもよらぬ質問にさすがのウメさんも動揺したらしい。目を見開いていた。
「…そうだねぇ。色々あって今じゃこのアパートも住人が減ったし、あんな事件もあったしね。そろそろ潮時じゃないかと思ってはいたんだよ。」
寂しそうにウメさんは言った。
「それって…このアパートをなくすって事?」
思っていた答えと違い、クロはウメさん以上に動揺していた。
(でも、私のお願いはしやすくなったかな…?)
「あぁ。今後の私だけの世話なら何とかなるだけの手持ちはあるし、思い切って更地にして公園でも出来りゃいいかと思ってるよ。」
ウメさんは遠い目をしながら気落ちしたように話す。
「…そっか。実は、それをお願いしようと思ってたんだ。このアパート、色々起こり過ぎてるからさ。楽しい思い出も沢山あると思うけど、でもこれ以上何も起こらないとは思えないんだよね。」
クロは、歴史が繰り返される事や負の連鎖について考えていたのだった。
建物にも記憶は残るのではないかと…。
だとするなら、このアパートは悲しく辛い思い出が多すぎる。そして、こういう建物にはそういう奴らが寄ってくるのだ。
「そうかい。やはりもう終わりにしようかね…。私も歳だし、いつまでここを守れるのかわからない。確かにここは悲しい思い出が多すぎる。」
珍しく弱気な事を言うウメさんは今にも泣き出しそうだった。
「でね、もう一つお願いっていうのが…。」
「あぁ。そうだったね。」
ウメさんがクロの方をしっかり向いてきちんと話を聞く姿勢になった。
フゥッと息を吐いてクロはウメさんに告げる。
「あのね………」
………
「お邪魔しました。ウメさん、お話聞いてくれてありがとう。」
話が終わり、来た時よりスッキリとした顔をしたクロが玄関でウメさんにお礼を伝える。
「あぁ。私の方こそありがとうね。クロ、決して無理だけはするんじゃないよ?いつでもまたおいで。」
笑顔でウメさんは送り出した。




