追われる男と麻世 前編
「…みぃつけた。」
麻世は空を漂いアパートへ向かう中、ついに男の車を見つけ出した。
ニヤァッと笑いながら静かに後をつけていく。
さぁて、何処で捕まえよっかなぁ…?
追い詰めるだけ追い詰めて、精神的に参った所で捕まえたいよねぇ?
…麻世が男を見つける1時間ほど前のこと。
眠っていた201号室の男は状況が上手く飲み込めないまま車を自宅まで走らせていた。
茜の父の所へ行く際に麻世が体から抜け出た事で、乗っ取られていた体を取り戻していたのだ。
今までの出来事を思い出しながら、自分の記憶が途切れ途切れになっている事に気づく…。
なんでこんな所にいるのか全く記憶にない。
スマホで検索して驚愕した。
ここから家まで1時間半はかかる。
「どうして俺はこんな所にいるんだ!?」
その時何故かアイツのあの真っ暗な目を思い出した…。
背中がヒヤッとして体がブルブルッと震える。
「も、もうあんな奴に関わるのはごめんだ!なんでこんな事になったんだよ!」
信号で止まる度に後ろを振り返り、追ってきていないか確認をする。
そうせずにはいられないのだ。
何処かにいるんじゃないか…?
そんな気がして、ずっと胸がザワついている。
額から汗が流れる。
呼吸が荒くなり、自分の心臓の音がする。
ドクンッドクンッ…と響くので耳は痛みすら感じる。
「…怖い。どうしてかアイツが怖くて怖くて仕方がない。」
そりゃそうだ。
恐ろしい記憶と強烈な恐怖心のみを植え付けられていたのだから。
「…に、逃げなきゃ良かった。でも…でも、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃならないんだ!?」
口に出して言ってしまってから気づく。
「そうだ…俺、最低じゃんか。子供を飼うとか言ってた。しかも飯食わせないとか殴る蹴るなんて毎日のようにしてた。」
今は確実に俺が飼われる側になってきている。
自業自得か…そうかもしれない。
それでもやはり怖いものは怖い。
ハンドルを持つ手が震えている。
手を何度か握ったり開いたりして感触を確かめるが、血の気が引いているのか指先がずっと冷たい。
もうどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「うぅ…だ、誰か助けてくれよ。」
小さい声で呟いた時、信号が変わり再び車を走らせた。
次の信号の横にある歩行者用の信号が点滅している…。
「また赤かよ。焦れったいな…。」
信号が変わりそうなのが目に入って、ブレーキに足を乗せたその時。
「ねぇ。…どこに行くの?」
耳元で聞こえた声にゾッとした。
あ、アイツだ…。




