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普段ならもう寝ている時間なのに全く寝付けない。
ソフィア様が寝るまで側にいますと言ったマギーを
大丈夫だからあなたも休んで、と下がらせてからもそのままベッドの端に座ったままである。
サイドテーブルにはエドワードから贈られた箱が置いてある。
そっと手を伸ばし中からネックレスを取り出す。
──昔のように微笑んでくださったのに…
大好きなエドワードの笑顔を思い出し胸が熱くなるのを感じるもすぐにその笑顔が霞んでいく。
「…っ!!」
溢れる涙を止めることもできず、ネックレスを握りしめる。
──私は殿下のお傍にはふさわしくない…
『はじめまして僕はエドワード。君はソフィア嬢かな』
花が咲き誇る園の奥、ひっそりと置かれたベンチに1人座っていたソフィアに、驚かさないようにっこり微笑んでエドワードは声をかける。
『こんなところで何をしているの?僕も一緒に座ってもいい?』
はじめて見る少し歳上の男の子にびっくりしながらも小さく頷く。
『みんな探してたよ。スタンリー伯爵なんて本当に笑えるくらいオロオロしてたよ。ふふっ。あっ、これは言わないでね僕怒られそうだから』
人差し指を口元にあてながら屈託のない笑顔でエドワードが笑う。
緊張して喋らずただ聞くだけのソフィアに、とぼけたり、身振りをつけたり…和ませるように話を続ける。
ソフィアの表情が少し緩んだのを確認して
『僕と一緒に戻ろうか』
エドワードと手を繋いで戻ってきたソフィアをスタンリー伯爵は泣きながら抱きしめる。
『…ごめんなさいお父様』
さらに抱きしめられて潰れそうになる。ソフィア様が苦しそうですと執事がそっと、しかし力強くスタンリー伯爵をソフィアから離す。
身体が自由になったので1歩父親から離れるとくるっと向きを替え頭をさげる。
『…エドワード様…ありがとうございました』
そっと顔をあげると眩しい程素敵な笑顔のエドワードが目の前にいた。
一瞬でぶぁっと全身が震え、顔が真っ赤になる。
エドワードが第2王子でソフィアの婚約者になるのだと紹介され、さらに真っ赤になり倒れたのが最初の出会いでありエドワード7歳、ソフィア4歳の時である。
それから間をあけず、エドワードはソフィアに会いにきている。
はじめは恥ずかしく自分から話など出来なかったソフィアだったが、回数を重ねると会話を楽しめるようになっていた。
その日は代々伯爵や夫人の絵画が飾ってある部屋にソフィアはいた。
『ソフィア。さっき伯爵に聞いたけど落ち込んでるの?』
『…落ち込んでるわけでは…ないですわ』
ソフィアの横にそっと寄り、絵画を見る。
『綺麗な人だね。ソフィアはよく似てる』
『…みんなお母様が大好きなんです』
エドワードは俯いてしまったソフィアを見る。
『自分が奪ってしまったと思うの?』
『実際そうなので…でもそう思ってしまうとみんなが余計に悲しそうにします…誰も私を責めたりしませんし…私がお母様を思い出さないようにしてくれています…』
思い出すと辛いから、ソフィアが負担に感じることがないようにとスタンリー伯爵も使用人も極力亡くなったサリー夫人の話はしないようにしていた。
『大好きな人の話ができないのは辛いですわ。お父様がこの絵を見て1人泣いているのも見たことがあります』
泣きそうなのを必死にこらえているソフィアをふふっとエドワードは優しく見つめる。
『それなら簡単な話だね』
『え?』
『みんなに大好きなお母様のことを教えて欲しいって言えばいいんだよ』
『でもそれは私の我儘になりませんか?みんな私のために…』
『そんなの我儘に入らないし、ソフィアはもっと我儘を言ってもいいくらいだと思うよ』
『本当ですか…?』
うんと頷きいつもの優しい笑顔でソフィアを見ると
顔を真っ赤にして泣きそうな嬉しそうな複雑な顔をしたソフィアが抱きついてきた。
その後スタンリー伯爵家ではサリー夫人を思い出し自分だけが知ってる伯爵夫人を自慢するほっこりとするイベントがあった…らしい。当然筆頭はスタンリー伯爵である。
『エドワード様はどんな子がお好きですか? 』
大好きなエドワードに少しでも好きになって欲しくて、少しでも理想に近づきたくて
全身の力を込め勇気を出して聞いてみた。
その時の答えは想像を遥かに超えるもので、嬉しくて幸せいっぱいになった。
嬉しさのあまり自分がどれだけエドワードのことを好きなのか、理想的な存在なのだとかなり興奮して話した。
はじめは笑顔で聞いていたエドワードだったが途中から少し表情がくもり
『ソフィア…うん…そっか…大丈夫!約束するよ。あっこれは2人だけの秘密だよ!』
少し抑えた声で言ってから考え込むように沈黙した。
──約束?秘密ってなんだったかしら…
朝の日差しをうけソフィアは目を覚ます。
起きようとするも身体が怠くすぐには動かない。なんとか上半身を起こすも頭痛がして視界もはっきりとしない。
トントンっとノック音がしてマギーが声をかける。
「おはようございますソフィア様。お目覚めですか?」
「おはよう。頭が痛いから今日はこのままでもいいかしら」
「すぐにお薬をお持ちします!」
空腹では飲みにくいだろうと、軽く食べる物と一緒に薬を用意してマギーが部屋に戻ってくると、スタンリー伯爵と執事のロイドも中にいた。
「可愛い私のソフィア。大丈夫かい?すぐに医者を手配して…」
「お父様大丈夫です。薬を飲めば治ると思います」
「いやしかし…心配だから今日は私が側に…」
「お父様。心配かけて申し訳ございません。でも本当に大丈夫ですわ」
「…そうか?いやでも……ああロイド睨まなくてもわかっている!」
コホンとひとつ咳払いをし
「ソフィア。近々陛下にお会いしてこようと思っている。これ以上は私の我慢も限界だからね」
「…!!」
ドクンと心臓が音をたてる。
待ってください…とは言えなかった。
「とりあえず今日はゆっくりとおやすみ。また時間取って話をしよう」
スタンリー伯爵はなおも残ろうとしたがロイドが背中を押して一緒に出て行った。
ベッドに座った状態で食べれる様にマギーが用意をする。
食欲がないと呟くが1口でも食べてくださいとスプーンを渡される。
国王陛下に話がいってしまったら、今までなんとなく守られていたものが無くなってしまう。
エドワードとの繋がりも何も関係ないものになる。
──イヤ!
──イヤ!…イ…ヤ…
「エ…エドワードさ…ま…」
カタンっとスプーンが落ち、両手で顔を覆う。
「ソフィア様…」
少し落ち着いたが体調が悪い中だったので、薬も飲めずそのまま倒れるように眠りにつく。