Pretend
いつもの時間、いつもの席。
バランタインを堪能しながら彼女を待つ。
俺の至福の時間だ。
挨拶もするし、他愛もない会話もする。
でもフルネームは知らない。
そんな間柄だった。
その関係が心地よく、それ以上踏み込むことをしなかった。
遅いな。
腕時計に見やる。
後から思えば前回の彼女は少しおかしかった。
いつも帰り際
「じゃあ、また」
と言えば
「ええ」
と、かすかに微笑んでくれた。
なのに
「さようなら」
彼女はあの日、そう言った。
あれから幾日経っただろう。
数日来ないことはあっても、ここまで長かった日はなかったはずだ。
いつもの時間、いつもの席。
いつまで経っても待ち人は現れない。
それでも彼女を待たずにいられない。
どんなに忙しくとも、無理やり仕事を片付け店に駆けつける。
そんな日々を過ごし、3ヶ月程経った頃彼女を街でみかけた。
彼女の右側には……
彼女が自分に好意をもっているのはわかっていた。
わかっていて、そこから目を背けた。
あの関係を壊したくなかった。
彼女はその先を望み、俺はそこに留まることを選らんだ。
いつもの時間、いつもの席。
もうそこに彼女が来ることはない。
それでも俺は彼女の残像を求め、今日もグラスを傾ける。
バランタインはスコッチの代表格と言ってもいいウィスキーです。