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この異世界の片隅で  作者: 日和 春
3/3

3 真面目に言う。武器が好きだ

「おつかれさまでした」

「ごくろうさん」


 ギルドの広間、アライアンスの解消と小隊の解散を行う。

 俺は小隊員にご苦労さまと返事を返し、隊員たちを見送った。今回も誰も欠けることなく目標を達成できた。しばらくの間ゆっくりできそうな稼ぎができたのだった。

 

 黄龍の塒はいいダンジョンだった。適度に強いモンスター。感じの悪い罠の数々。気を抜けば死ぬ。

 標高の高い山に囲まれた盆地の中にある森の中。その中にひっそりと存在する洞窟の中に黄龍は居た。

 山の脇を抜ける森と山の複合型ダンジョンを抜けた先の塒は神話然とした景観の中にあった。

 特殊小隊はうまく交渉ができたようだ。

 うちの小隊はこの地まで特殊小隊を運搬することだ。複数小隊でのアライアンスでの攻略。

 マスターの姿を見ることはできなかったけれど、非常に美しい龍であったそうだ。

 特殊小隊のリーダー、エリンは同期の桜だ。桜をしらないけど何故かそんな言葉を使いたくなる間柄の気の置けない間柄である。


「エリン、ごくろうさん。どうだった?」

「うん。まあまあだね。魔王の城に挑める程度にはそだってきているよ。足りないのは魔術師用の杖くらいだね」


 そういうエリンの腰には見たことのない剣が履かれていた。


「え、ちょっとちょっと、お前専用の武器かそれ。こないだまで自分用の武器が欲しい欲しいって嘆いてたじゃん。なんだよ、いつだよ~」

「黄龍と契約したんだ」


 えっっと大きな声を上げてしまった。周りの目が一瞬で俺に集まる。手をひらひらさせて、なんでもない風を装った。契約しただと、こいつマスターと契約できるまでに力が上がってるって言うのか。


「ちょっと場所を移そう」


 エリンの誘いに俺は一も二もなく乗った。

 

 ギルドの近所にある大衆浴場。クエストの後の大浴場は天にも昇る心地だ。かけ湯で汗を流し、座り込んで体中に溜まった汚れを落とす。2夜3日のダンジョンアタック。汗やホコリ、返り血や自信の排泄物による汚れが体中に異臭を漂わせる。たかが3日間といえどダンジョンアタックは文明から切り離され獣じみた状態で行われるため、想像以上に体中が汚くなる。極限状態とも言える状態で動き回る。精神的な披露も半端がない。

 今回に限って言えば、数回アタックを終わらせているダンジョンを攻略するため未知のものを攻めるときよりは楽である。

 黒く染まるタオルを絞り洗剤を何度もつけ直し体を擦る。着ていたものや装備品のクリーニングを行わないとななどと考えながらかけ湯で洗剤を流す。

 先客として数人の隊員達が湯船の中をたゆたっている。

 俺も足を伸ばして体を湯の中に沈める。潤沢な水は山々から流れ込む豊富な水源と地下水脈によって保たれている。この水を利用するために数々の技師や学者、術士達が過去何年もの年月を費やしこのローレシアは恐ろしく清潔な都市へと発展していく。上下水道の概念は百年以上も前からあったようだ。

 この風呂という文化も水をたくさん使うことができるという天然資源のおかげで発達したようなものだ。日本人の俺も囁く。


「で、どういうことだよ」

 

 エリンが隣に来たのを見計らって俺は声をかけた。

 エリンは可愛らしい名前にそぐわず、なかなか好戦的な性格をした偉丈夫である。

 アルスが引退した後を就いだ当代の勇者だ。性格は普段は温厚であるが戦い方は獰猛の一言。彼の組む小隊も彼の力を中心に組み立てられた4人組の小隊だ。

 そもそも勇者とはどういうクラスか。

 まず、当代の人類に一人しか現れない。基本的には魔法戦士や魔法剣士、魔剣士のように魔術と剣術に代表される肉体を使った近接戦闘技術の両方のスキルを効率的に運用するクラスである。

 ただ勇者はその名を冠するにあたり専用のスキルを複数顕現させる。それが魔術によるものか近接戦闘技術によるものかの別はあるにして個人としての専用スキルとなるものを運用することができる。

 また、宗教的崇拝を受けることが往々にしてある。そのスキルやクラスを支える力の由来が神によることが多いからである。だからといって宗教家からそのクラス保持者が現れたという記録はない。神託や予言によって生まれる事のあるクラスなのである。


「ああ、契約だよ。レベルもクラスもスキルも足りていた。俺の熱意もね」

 

 マスターとの契約は過去何人かの人間が達成している。勇者や王、聖女と呼ばれるような英雄達のうち数人ではあるが。人としてマスターが望む何かを差し出しマスターの一部をもらう契約。どんなものを差し出さなければならないか、それはだれも知らないのである。一体何を要望されるか、ある勇者は子孫を残せなくなった。ある聖女は死後の魂を差し出した。ある王は国そのものを差し出した。それでも手に入れたい物があったのだ。しかもそれは良かったほうで、契約と同時に死よりも辛い目にあったものも居たという。

 かつて気になった俺はそういった事をすべて調べあげたことがあったのだ。

 封印されるようにそれらの記録は残っている。いずれ来たるべきときに再度契約する必要があったときのために。

 だから逆に言うとエリンがなぜ契約をするに至ったか気になった。そもそも俺がその事実を知っていいものかどうかも。


「深い経緯は知りたくないし、知る必要はないけど。あの武器のことは聞きたいな」


 ばしゃりと顔に湯をかけながら俺はそういった。


「うんうん、君ならそういうと思ったよ。もうめちゃくちゃ話したくってさ。小隊メンバーにだって表立ってこんな話できないしさ」

「え、ちょっとまじ?俺そんな重たい話なら聞きたくないぞ」

「大丈夫大丈夫、一蓮托生になるくらいだよ」

「ハア?お前ちょっと話すなよ、そんな話ここで話すなよ?あと俺の心構えができるまでちょっと待てよ」


 いきなりの重たい発言は予想できたとはいえちょっと危険な気がする。


「ま、話せることと話せないことはちゃんと区別するからさ。でも君だって気になるだろ?」

「なる。めっちゃなる」


 ニヤリとエリンが笑う。俺とエリンの関係には共通の感性がある。俺たちは学生時代から極度の武器オタクだった。将来俺たちは自分専用の武器を持つこと。自分の名を冠し、象徴する武器を手に入れる事、それが俺たちの共通の感性であり、共有する夢だった。

 ちなみにエリンも俺と同じく独身だ。お互い30才の結婚童貞である。ただ俺と違いエリンは女を切らしたことがない。ムカつくことにこの男は異常にモテる。ありえないくらいモテる。男、女の性別を問わずモテる。人間人間以外を問わずモテる。勇者というクラスの特性かと思うくらいモテるのだ。

 同じ夢を持ちながらどうしてこうも違うのか理解が難しい。


「とりあえず出るか」


 湯殿から立ち上がり、短く借り揃えた黒髪から滴る汗を湯をぶっかけて一流ししエリン通れは連れ立って浴場を後にした。


 俺たちは一旦ギルドの自室に帰りそれぞれ装備品や衣類をクリーニングに出すなどして、夕方ギルドの食堂の片隅に陣取った。

 ギルドの食堂は国営の食堂である。職員や冒険者達が安価で栄養価の高いものを食べられるように国の経費で運営されている。まあ軍隊や騎士団と一緒だ。

 

「見ろよ」

「ついに、なんだな」

「ああ」


 飯を食った後、なんだか意味深なように見えてその実全く意味のない会話を交わしながらエリンはテーブルの上にその武器を置いた。


「触っていいのか」

「いいよ」


 なめるように置かれた長細い、装飾の少ない武器を見た。武器だと思ったのはエリンが腰に履いていたから勝手にそう思っているだけだが、彼の言いっぷりから間違えては居ないだろう。

 色は白。ところどころ黄色い極細の線のようなものが見える。鞘なのだろうか。わからない。

 おおよそ普通の直剣と同じ長さ。柄のような部位はあるにしても鞘とその違いがわからない。まさか

可変するのか。じっと観察する。もしや棍か。杖か。

 武器から視線を上げエリンに視線を移す。自分の宝物を自慢する子供の顔をしたエリンがそこにいる。

 しかしながら、ダンジョン産の武器やドロップアイテム、発掘品は国に召し上げられる。なのにこれはここにある。理由は2つ考えられる。そういう契約でエリンはダンジョンに潜った。もう一つはエリンから離すことができない。おそらく後者だ。


 俺は恐る恐るその武器に触れた。

 

「あ」


 エリンが急に声を上げる。体がすくみ上がり伸びかけた手が止まる。


「これ、剣だから」


 ニヤリと笑った。

 ただ白い棒のようなものを俺は手に持った。少し抵抗されているような気がする。持つ手にストレスが掛かる。重さではない。握り辛さのようなものだ。無理やり握りしめようとしてもおそらくうまく力が入らないのだろう。両手ですくい上げるようにその剣を押し抱いた。


「銘は?」

「まだない」

「どこが柄だ?」


 すっとエリンが手を伸ばし俺の左手の付近にある部位を握った。

 薄く見えていた黄色い線がふと強く脈打つ。


「まあ、ここだろうね」

 

 片手剣としてなのか、両手剣としてなのか、押し切るためか、引き切るための持ちてなのかイマイチわからないが、エリンの様子は何故かしっくりと来る。専用装備というものだろうか。彼の手にあってこそのものだという感じを強く受ける。


「これは俺専用の剣で、契約によるものだ。ただの直剣に見えるけど俺もまだ詳しい性能やスペックはわからない。何分手に入れたばかりでね。それにこれは鞘に入っているわけじゃないんだ。むしろ魔法剣に近い」

「エナジーブレードか」

「近いね。ただ剣と俺が認識しているから剣なだけであって多分俺じゃなかったら武器ですらないかもしれないね。一度馴染みの工房で調べて見る必要があるんだ」


 それでも愛おしそうにその白い物体をエリンは撫でる。黄色い線がその度に脈打つ。


「なんだか猫みたいだな。撫でられて喜んでるんじゃないか?」


 俺の言葉にエリンは笑う。


「俺の前の武器覚えているか」

「ああ、これでもかってくらいレアメタルをつぎ込んで当代一の刀匠に打たせた一品だろ。散々自慢してただろ。お終えてるよ」

「あいつは撫でても喜んでくれなかった。少なくとも喜んでいたかどうかわからなかった」

「捨てたのか?」

「バカゆうなよ」

「折れたのか」

「違うよ。あれは俺と一心同体だった。10年。冒険者としての時間、アルスから勇者を引き継いでからの5年ずっとともにあったものだ。捨てるなんてとんでもないし、折れるときは俺が死んだときだけだ」

「じゃあ」


 俺はなんとなく嫌な予感がして言葉をためらった。エリンは何かを察してうなずいた。

 ああ、こいつバカだ。多分本当に馬鹿だ。この剣はこいつの女だ。


「なあ、エリン。黄龍はメスか?」

「知らないけど、卵はあったな」


 ますます嫌な予感がする。


「孵ったのかその卵」

「いや、俺達が行ったときにはすでに孵った後だったよ」


 そうか、よかったな。当代の勇者は武器フェチの上を行く武器愛者だったのだ。俺はそう結論付けた。大事な剣、誰も折れない、撫でたら喜ぶ、マスターとの契約、友人は一足先に違う世界に行ってしまった。


「しかし、お前の剣、そろそろ打直すか、買い換えるかしないといけなさそうだな」


 急に振られた話題に俺は少し面食らった。腰から剣を外しテーブルに置く。数打ち物ではあるが有名な工房の作品で、これを購入したときの俺からしたらかなり背伸びをしたものだった。


「気に入ってんだよな。特にこの柄の部分のさ」


 俺は剣を指でなぞりながらお気に入りの部位を擦る。

 あれ、もしこいつが女の子だったらめっちゃ幸せなんじゃないか。命をあずけるに足りる相棒、で妻。エリンがとたんに羨ましくなった。


「飲みに行こう」

「行こう」


 俺たちは、いつもの酒場で久しぶりに夜を明かした。



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