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この異世界の片隅で  作者: 日和 春
2/3

2 おとぎ話の主役がしたい

「絵本のような冒険がしたい」


 言ってしまってから、俺は思わず両手で顔を覆った。恥ずかしい。

 30才を超えてこんな幼児のような事を言うなんて。しかも、絵本のようなとか。

 それはどういうことか。姫をさらった悪魔を洞窟の奥から助け出す?高い山に住む龍の巣から宝物を獲ってくる?仲間と大海原に繰り出す?空にあるという城を探す?

 どれもこれも30才冒険者が言っていい言葉ではない。

 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

 しかし、相手からの反応がない。

 対面に座る大魔女レティシアは何も言葉を発しない。俺は顔を覆った手の指の隙間から恐る恐る相手を覗き見た。

 美人がいた。美人はどんな顔をしても美人だ。良かった、呆れているとかそんな顔ではない。

 レティシアはニコニコと笑いながら、


「それで、おじさんはどんな絵本が好きなのかな?」


 といった。嘲りは感じない。そういえばこの女にバカにされるとかそういった事をされたことはない。そもそもそんなに深い話をするような人間関係はない。数度酒場で会話を交わした程度だ。

 美人は笑顔でグラスを傾け俺の言葉を待っている。酒場の雑踏が遠く感じる。俺は何を、


「可愛い女の子が出てくるやつ・・・」


 ああああ、酔にまかせてしまった。思ってたこと言ってしまった。今まで誰にも言ったことなかったのに。恥ずかしい。でも心に溜まった膿みたいなものが流れていく気がする。酔っ払いの勘違いなのか、それとも胸に秘めた秘密を明かす背徳感からなのか、俺の口は空に浮かぶ雲よりも軽くなっているようだった。美人が話を聞いてくれているからかもしれない。


「ガキの時分にさ、運命とも思える出会いをして二人で秘密を共有してさ、苦難を乗り越える冒険をして、幸せな結婚をしたかった・・・」

 

 女の子が世界崩壊に近い事象を起こす秘密を有しているとかならなおいい。

 傍若無人か無口キャラならと、日本人だった頃の遠い記憶が囁いてくる。


「ふーん、そう。そういう話ねえ。子供の頃から?ずっと?」

「うん。物心ついた頃から」

 

もう口調は30才の男のものではない。水割り6杯、ロックワイン5杯酔うには俺にとって十分な量である。もしかしたらもっと飲んでるかもしれない。


「だったらさおじさん、子供の頃なにしてたの?」

「勉強と訓練」

「ずっと?」

「ずっと。絵本とか読んだの、隣の幼馴染の娘に読み聞かせしてやったつい最近・・・」

「・・・えー」


 グラスに残ったワインを一気に飲み干した。


「・・・ずっと訓練訓練訓練、将来冒険者がしたかったから絶対に冒険者になる力が必要だったんだ。遊んでる暇なんてなかったんだよ。気がついたら20才超えてたんだよ!」

 

 おかげで余裕で冒険者となったんだけど。ちなみに上級冒険者は結構な狭き門だ。

 国が管理するダンジョンは秘匿された情報も多い。秘密保全ができる人材でなければならないと同時に荒ごとに巻き込まれても大丈夫でなければならない。必然魔術にも明るく、武力にも長けたものでなければならなくなる。そうは言っても人数は力だ。初級中級上級と冒険者となる間口は複数に渡る。俺は上級の入り口から冒険者となっただけである。


「なるほど。そしてもう取り返すことができない若さに諦めていると」

「そうだよ、悪い?泣きたい!」


 それからちょっと覚えていなかった。知らない間にギルドの自室に帰ってベットの上。何故かパジャマに着替えており、服も脱ぎ散らかしてはいなかった。

 長年の冒険者生活は前後不覚でもいいように働くらしい。

 しかし、あまり良い酔い方をしなかったことは覚えている。

 レティシアは美人ではあるがやはり近づいていて良い女ではない。ただ、子供の頃にあっていたら絶対好きになっていたし、なんらな今の今俺はレティシアが好きだ。30才男やもめ、ここまで来るとお話してくれる女性であれば誰でも好きになる自信がある。


 布団の上にのそりと起き上がり一つ大きなあくびをしてから俺は起き上がる。

 洗面所の鏡の中に金髪の充血した目をした齢よりも行く分か若く見える男がいた。はあとまだ酒臭い息を吐き洗面を始めた。



 ギルドの訓練場に向かうともう自分の小隊パーティは集まっていた。


「隊長おつかれさまです。集合させますか?」


 副長のアランが声をかけてきた。ダンジョン攻略の小隊はだいたい6人一組となっており俺の小隊も例にもれず、6人編成となっている。メインタスクをタンク、アタッカー、バッファー、デバッファー、ヒーラー、スナイパー、とする人材を自分を含めバランス良く一人づつだ。

 これが正着であるとは言えないが今俺が指揮できる小隊としてはベストと言えるだろう。乱戦が多くなるダンジョン攻略にあってこれ以上の人間を現場指揮ははっきり言ってむづかしい。


「うん、集めてくれ。今日の訓練のミーティングと中期目標の変化について通知がある」

「了解しました」


 アランは騎士団上がりの騎士だ。クラスも騎士である。もしかしたらハイクラスになっているかもしれないが本人申告では騎士となっている。真面目な性格で責任感も強い。そして貴族だ。

 身分は冒険者にとってそう重要なものではないが、その生き様や装備に影響を及ぼす。端的に言って個人の持つ経済力が高い。よってより良い装備が購入できる。すなわち生き残る可能性が高くなる。冒険に必要な装備をそのクエストに合わせて調達できるのは個人の強みである。ギルドはそこら辺あまり手厚くない。予算がないのだ、ない袖は振れない。


 集まった隊員と今日の訓練の目的を話し合い、体力練成となるランニングを始め今日もなんでもない一日が始まった。



 夜。

 俺はまた酒場のカウンターで一人グラスを傾けていた。

 昨日は水割りで飲んだが、今日はロックだ。

 晩飯は軽い魚料理だった。干物を焼いたものと付け合せの野菜。最近の野菜は甘みが強くなった気がする。きっとどこかの誰かが農業改革をしていたのだろう。それも一つの冒険だ。成功するかどうかわからない、野菜一つにとっても人生を左右するドラマが詰まっている。日本人だった頃の俺が囁く。この酒一杯、氷ひとかけらにだってきっとドラマがある。

 つまみになっているナッツの殻をパリパリと剥がしながら、この豆一つにだって絶対になにかドラマが詰まっているのだ。

 この形、この味、運搬、小売り、調理、いくつもの工程の中に人の生活が詰まっている。行き着く先が俺の口の中ってのが最高にシュールだけれど。


 なんだか悲しくなって俺は親父にアイコンタクトで日替わりの肴を頼んだ。水気の多い根菜と葉野菜漬物だった。カリカリと咀嚼すると口の中一杯に塩分が広がる。ロックで流すと得も言えぬ感動が広がる。

 酒が甘く感じる。何杯でも行けそうだ。しかしながら昨日の今日である。控えようと思う。

 

 今日は何もないはずだ。ホッとすると同時になにか寂しく感じる。俺の人生において動きはない。冒険を仕事としたからだろうか、ダンジョン攻略はただのルーティーンだ。目的の範囲内で目標を定め、段階を踏んで踏破する。


 次のダンジョンはどこにしよう。今攻略中の黄龍の塒と言われるレアメタル鉱脈を含んだダンジョンはもうすぐ目的を達成する。必ず達成しなければならなかった大鉱脈の発見に合わせて人的損耗は自分の小隊にはなかった。いいことだ。非常に安定している。

 ちなみに黄龍の塒のダンジョンマスターは実物の龍だ。交渉は専門の特殊小隊が向かっている。鉱脈の採掘にあたって色々交渉しなければならないのだ。ただ踏破し採掘し尽くせばいいというものではない。

 ダンジョンはマスターにとって家も同然。勝手に踏み荒らされれば怒り狂う。協調を選ぶのであればそれ相応の関係性を築かなければならない。我々は強盗ではないのだ。

 ただ、敵対するのであればそれ相応の態度を取るだけであり、殺したり殺されたりする関係が築かれるだけである。


 漬物を食い終わり、俺は次の肴をどうするかメニューに目を落とした。酒は3杯目、次が最後だ。

 メニューには目新しいものはない。卵の燻製でも食って最後にするかとふと目を上げた時、黒板におすすめとしてパン料理の名があった。硬く焼いたパンのスライスに小魚の油漬けを潰したものを塗って焼いたもの。いいね。これ食って最後にしよう。

 

「親父、その黒板の」


 今日店に来てから初めて発声した時、ふと黒髪を後ろにまとめた女の子が目に入った。厨房で忙しそうに働いている。昨日の今日である。もう一度いう昨日の今日である。

 忙しそうに働くその女の子の横顔は汗で濡れている。汗が店のオレンジがかった証明を反射してキラキラしている。黒い目が真剣に食材を見ている。

 好き。


 グラスを持った手に力が入る。


「~~ちゃん、おかわり!」

 

 遠くの席から粗野な声が飛ぶ。


「はーい。お父さん裏からお肉とってくるから、厨房ちょっと開けるね」


 親父がうなずく。えっ?結婚してたの親父。なんかちょっとショック。しかもあんな可愛い娘がいるとか、今まで厨房に立ってた?いっつも壁かテーブルの木目としか目をほとんど合わせないから知らなかった。

 レティシアと話したからだ。なんか妙に女の子と話したい。むしろなんで俺の周りに女がいないのだ。

 小隊には女の子はいない。前はいたけど俺のコンセプトについてくることができず他の小隊に移った。

 残念ながら当時の俺には山の中や洞窟の中で女性に対する配慮をする余裕はなく、男と同じ扱いをしてしまった。もちろん今だった絶対にそんなことはしない。


 グラスの氷が溶けてカランと音がした。

 何も考えないままグラスの氷を眺める。また、雑踏が遠のく。何も考えるな。何にも動じるな。それはきっと自分を苦しめるだけで良いものではない。

 ふと、視界に皿が差し込まれた。視線を上げるとそこにはムスッとした親父がいた。

 パン料理はうまかったが、酒には合わなかった。もっとどっしりとした酒のほうが合うのだろう。

 明日からダンジョン攻略は終盤を迎える。もしかすると帰ってこないかもしれない。俺は好きな女の一人も作れないまま、死を迎えるかもしれない。


「ま、いいか」


 グラスに残った酒を一気に煽り席をたった。


 2夜3日のダンジョンアタック。無事に帰って俺は愛を探そう。


 


 

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