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この異世界の片隅で  作者: 日和 春
1/3

1 いつもの酒場で

 その日、俺はいつものようにいつもの酒場で、カウンターに座ってワンコインのアルコールと、適当なツマミを摘みながら、いつものように酔っ払っていた。


 今日も一日、実入り以外は悪くなかった。地球で生きていた時と同じことを思う。収入が悪いのはいつもどうりだ。

 

 そしていつもの酒場で、焼酎に似た酒の水割りを注文し、烏賊にに似た何かを流し込む。味付けは塩のみ。それでいい。いや、それがいい。

 飯はギルドの飯屋でもう食った。酒だけでいい。

 後は、今日一日の締めとしてこの郷愁を感じる旨味成分の塊を舌の上で感じながら今日一日の一人ブリーフィングをするんだ。普通に言うと反省会だ。別に趣味でやっているわけじゃない。癖みたいなもんだ。

 地球を忘れないための。日本で生きていた誰かさんを忘れないための。


 俺はいつの間にかこの世界にいた。

 ローレシアの街角、雨上がりの水たまりに写った俺の顔は見たことのある、そして誰ともしれない金髪碧眼の少年のそれだった。

 涙が出たんだよな、たしか。水に映る自分の顔を見ておかしな違和感と得も言われぬ不安感、それと恐怖。

 それからだ。家の中から始まり、今じゃ酒場のカウンターの隅でこうやって色々考えている。

 

 世界の名前なんか知らない。神には会わなかった。きっと俺の知らないところではかっこいい名前がついているのだろう。

 世界地図の中心はこの国だ。国の名前はノウハイン。この国から、俺は出たことがない。

 地球にいたときだって日本から出たことなんて殆どなかった。そもそも一つの都市からの移動なんて数年に1度転勤の時位だったんだから。

 首都ローレシア、どこかで聞いたことがあったような響きの俺の住む街は悪くない。人もよく、差別も少なく、活気に溢れている。

 酒場に目をやると今日も誰かが気持ちよさそうな歌声を上げ、隣では獣耳の生えたネーチャンをスキンヘッドのイカシタオッサンが赤ら顔で口説いている。いつもどおりだ。日本でも見た光景だ。

 

 ここは異世界なのだろうか。俺は自分の生きている世界を異世界と認識するべきか当たり前の世界と認識するべきか決めていないけど、日常として受け入れている。


 噛み切れない烏賊もどきを口の中でグニグニとしながら、アルコールで喉へ流す。

 ポケットから財布代わりの革袋を取り出し追加のコインを数枚取り出して3枚机に重ねた。今日は稼ぎが悪かった。だから、ワンコインのこの液体を残り3杯が今日の限度。日本にいたときの感覚でいうと100円のジュースを3杯みたいなものだ。向こうと比べること自体ナンセンスというか、よくわからない。価値観が色々違うのだから仕方ない。

 

 俺が俺になった時、この世界で生きていくための方法、ルール、現状は速やかに理解した。

 転生、と言ってもきっと中途半端なもので、俺は俺でしかないことを、5、6才のガキの時分に理解したのだ。きっと元はおっさんだったのだろう。近所では愛想のいい、如才ない、薄気味悪くて使い勝手のいいガキだった。

 特に両親なんてまだ俺のことを神童だったのになんて顔を合わせるたびにぶつぶつ言っていやがる。


 とりとめのない思考に頭の中が支配されて、それを酔がブーストしていく。両親の言う「結婚は?」

 俺が結婚しないのはダンジョンに潜る冒険者という公務員を選択したときに誰も止めなかったからだと思うんだよね。お袋はそうやって泣き真似するけど、あんた俺が就職した時泣いて喜んだじゃん。立派にお国に尽くしなさいって。


 あああ、今年で30才だ。隣の勇者アルスは2人目の子供がもう立派に小学生みたいなものをやっている。安くはない入学祝いをこないだ渡したばかりだ。斜向かいの魔術師アレルなんて10代の若い嫁さんをこないだもらって冒険者引退してやがった。祝は安くはなかった。

 俺には春なんてない・・・。めでたいようでめでたくない出費ばかりかさむ。

 

 喉を酒が焼く。

 俺は、冒険者という名前の、軍隊の亜種のような組織に属している。冒険者が公務員?と思うだろう。それはこの国がダンジョンに常に脅かされており、そして食い物にしているためだ。

 

 ダンジョンに潜るのは炭鉱を掘るのと一緒だ。だって燃料が取れるから。

 ダンジョンに潜るのは鉱脈を探るのと一緒だ。だってレアメタルが取れるから。

 ダンジョンに潜むのは学び舎にこもるのと一緒だ。そこにはまだ見ぬ知識が埋もれているから。

 ダンジョンに潜るのは警察の業務と一緒だ。生活を脅かすモンスターを取り締まるから。

 ダンジョンに潜るのは軍隊の活動と一緒だ。組織として完結し外敵に当たるのだから。

 

 ダンジョンは民生的にも、経済的にも、政治的にも生活に根付いている。なくてはならない。だから管理するための組織があり、それに属する人がいる。

 冒険者という言葉をつけたのは誰か知らない。きっと逝かれたバカか神のお告げか、それとももっと深淵の中にある真理的なにかなのだろう。

 

 酒とコインが交換される。親父はムスッと、それでも陶器のコップになみなみとついでくれる。

 調子が良くなってきた。革袋をあさり、別途コインをつまみ上げなにかの肉を香辛料で味付けしたなにかに変える。料理名?メニュー表には肉の燻製、そう書いてある。なれたもので親父と目配せするだけで料理がコインと交換できるのだ。できてしまうのだ。15年はここに通ったのだ。隣のオッサンみたいに出会いがほしい。メニュー表には載ってない。なんだかオッサンとケモミミ娘のいつの間にか良くなった雰囲気に若干ムカついた。

 

 俺は追加された酒と肴を友として壁に向かい、今日の反省を続ける。この店に来て随分経つがまだ一言も言葉を発していない。きっとこの片隅は薄暗いだろう。


 ダンジョンは危険だ。だから武器や防具を大切にする。持ち込む道具も厳選し、与えられた目標を達成し、自分の目的に到達する。

 冒険とは危険を冒す事だ。ファンタジー的なことではない。押し付けられる事もあるし、能動的にやることもある。自ら好んで危険を冒す愚かな奴ら、略して冒険者。

 悪くないんじゃない?俺はまあ金が貯めれてそこそこスリルがあって長生きしそうにないからこの職に就いているんだし。


 取り分は3:7。3が俺だ。公務員として給料は別にある。基本給だけだ。その他の手当はすべてダンジョンで賄う。得られたアイテムはすべて国が管理する。査定され定められた金額を提示される。

 

 レベルがある。ステータスがある。スキルが有る。魔術がある。ジョブがあり、クラスがある。

 神は存在し、勇者が現れ、魔王が現れ、大魔道が猛威をふるい、大魔女が世界を脅かし、王者が世を平定する。

 これらは、長く続けられすべて学問として研究の対象であり、体系立て現在脈々と人々の生活の中に根付いている。

 俺はきっと転生者だ。日本の事を知っている。

 そしてきっと何か役割があったのだ。いやなかったかもしれない。若気の至りで自分を特別と思い、思い出すと寒気が走るような奇行にも及んだ。

 だけど、それだけだった。

 俺のステータスは凡庸ではない。職場では一目置かれている。

 俺のクラスはまず見ないものだ。国から研究対象とされたことがある。

 スキルも魔術も使える。


 でも、それだけだ。

 俺の中の日本人が言う。別によくねーかそれでさ。

 良くないから今日も一人で何かが起こることを期待して、こんな酒場の片隅に一人で何時間も管を巻いている生活を十何年と続けてきたのだ。続けられたのだ。続けてしまったんだ。

 ダンジョン初探索、レベルアップ、クエストクリア、その度に一人でここに来て何かが起こらないか期待する。

 何も起こらない。誰も来ない。

 俺はもう30才だ。10代の勢いはモウナインだ。


 きっと酒が悪い方向に回ってる。数日に1度こんな感じで悪い方向に行く。

 だめだだめだ。燻製されたなにかの肉を口の中で咀嚼して、旨味成分を感じる。

 帰ろうかな。明日は朝から重めの訓練だし。酒が残ってるとしんどいし。帰ろう、そうしよう。

 なにもない事は悪いことじゃない。出会いなんてないかもしれないけど誰かに頼んだら見合い(合コン)くらいセットしてくれる。


「ねえ、今日もまたさ、アタシの知らない武器の話聞かせてよ。おじさん」


 ざわめきの中で、はっきりと聞き取れる言葉をこの酒場に入って今日はじめて聞いた。帰ろう。これではないのだ。


「おじさんの話しさ、なんでか知らないけどアタシの琴線に触れるんだよね。あなたの事学校で自慢しちゃった。アタシの知り合いにこんなひといるんだよって」


 背中から聞こえてきた。おじさん、おじさん、すわんなさいよ。ちょっと無視はよくないよ。

 残ったコップの酒を流し込む。口を湿らせて、舌を口内で動かす。喉の嚥下はスムーズだ。


「親父、帰るわ」


 声はスムーズに出た。

 何も考えず出口に向かおう。これではないのだ。

 席からスッと立ち上がり出口に体を向けた時左側の視界に女が映った。

 しまった・・・。


「帰るの?」

「・・・。ああ」

「じゃあアタシも。どこでお話する?アタシの家でもいいよ」

 

 女は俺が座っていた席の後ろのテーブル席に俺に背を向けて座ったまま顔をこちらに向けてきた。

 テーブルの上にはなにもない。


「店に迷惑だ。なにか頼んでから帰れ」

「おごってよ。お金ない」


 カネがないなどと嘘は良くないなあと、頬がひきつる。

 女は20才前後に見える。オレンジ色の照明に映える銀色の髪、浅黒い肌。黒っぽい瞳、薄い唇、可愛い鼻。

 流行りのダボついたトップスから伸びる手が俺の上着の裾を掴んだ。美人なのに怖い。


「・・・何を飲む?」


 財布から大きめ硬貨を取り出しテーブルに置いた。


「すわんなさいよ」

「・・・すわるよ」

「あ、おじさーん。ワインロックで、レモン浮かべて。それと日替わり肴。おじさんは?」

「おなじのでいい」

「ワインは2個おねがーい」


 2個て。

 席につく。女は大きな目を細めてやっと手を上げた。


「おじさん呼ばわりは止めろ」

「しょうがないじゃん。名前知らないんだし」


 女はレティシアという。大魔女である。現世に顕現している現在のトップオブトップの一人である。怖くて当然だ。

 この女は捕食者だ。この店でぐだついている俺に噛み付いて必要な知識を吸い上げようとしているだけの。

 カネがないという。真っ赤なウソだ。ただ今持ち歩いていないだけで、つけにしたら翌日にでも配下の誰かが不必要な額を仰々しく届けに来るだろう。

 武器の話が面白かったという。その武器は地球の兵器の話だ。

 学校で自慢、職員の間でレアクラス保持者の話題が出たのだろう。


 ところで、この界隈には公式と非公式にランクというものが存在する。レベルとは違う個人の立ち位置を示す指標のようなものだ。

 俺は公式では上級冒険者資格【特級冒険者運用】という資格を持っている。現役冒険者の中でこれを持っているのは30%に満たないだろう。組織を運用してダンジョン攻略を行っても良い資格である。

 しかしながらこれを持って冒険者上位の力を持つかというとそうではない。それを示す指標として、クリアしたクエスト難易度、レベル、クラス、スキルを総合的に評価して冒険者組織ギルドが依頼を管理するために冒険者個々人に振り与えた階級がある。

 

 目の前の女は、その基準のどれにも該当しない。冒険者活動としてダンジョンに潜らないのではない。この女はそれを維持管理し、それをもって外敵となっている存在だ。マスターが知識の探求以外にあまり興味がないから作り出したダンジョンからよくモンスターが溢れる。それを胴元も持っていない。

 彼女は、しかしながら大魔女である。その人となりはよく知らない、いや人ですらないのかもしれない。学術として自分のを研究するために学校を作りそれをダンジョンとしていることからも変態か変人の部類であることが推測できる。

 現在国にとって友好なダンジョンマスターの一人でもある。


 そして美人ではあるが一般的な人間が付き合いのあっていい存在ではない。俺のことをおじさんとか呼ぶが、本人の年など恐ろしくて聞けないし、この女をきれいだと思い、お話がしたいなどと脳みそ花畑だった数週間前の俺をぶん殴りたい。美人は遠巻きに見るだけでいい。近づいていいことなど何一つとしてない。

 

「で、今日はこの前の話の続きなんだけどさ。いい?」


 ワイン片手に銀色の長い髪の毛をかきあげる。その仕草にぐっと来てしまう。30才男やもめ、人外でも受け入れられるかもしれない。過剰な美は悪だ。心が揺らぐ。


「おじさんのいってた、超高速に加速した物体を飛ばす武器っていうのはうちでも研究することにしたんだ。磁力っていう概念、うちの生徒が面白がってね」


 ワインの中に浮かんだ氷が音を立てる。フォークで器用に魚を蒸した肴を取り分け、口に入れる。


「で、アタシが気になったのはその収束と放出についてなんだけど」


 つらつらとよくわからない事をまくしたてるレティシア。前世の記憶にある実現したのかしていないのかわからない兵器群の話を数回した。きっとこの大魔女は工業力や科学力ではなく、魔力と魔術をもってそれをなそうとしているのだろう。俺が原理について詳しくなくともこの女は俺の話から着想を得て技術を確立する。それが良いことなのか悪いことなのか知らない。願わくば俺の生きている間に人類に矛先が向かないことを。


 それから適当に相槌を入れながら話を聞いていた。酒は何回かおかわりが来た。酔っ払った俺の頭は、申し訳ないがもう美人の顔に釘付けになっていた。

 しかしながら今日は誰にも会わないと思っていたのに珍しい。半年に1回こういう機会が何かしら巡ってくるが、残念ながら俺の生活が変化するようなことは起こらなかった。

 それにヤクザの親分みたいな輩となぜ楽しく会食ができるのだろう、いやできないのだ。美人が美人であることに逃げて何が悪い。俺は前世も現世も小市民、勇者的素養なんてかけらもない。欲しくもない。ただ何か欲しいだけなのに。


「・・・楽しくないの?」

「楽しい楽しくないじゃないよ。・・・ちょっとね」

 

 なにか字面にすると怪しい雰囲気だが俺はとっくに酔っ払っている。楽しくないわけじゃないのが悔しい。孤高を気取っても美人と話ができるのは嬉しいものだし意外と楽しい。しかしながら俺の視点は徐々に焦点が合わなくなっている。


「なに、アンニュイな雰囲気つくってるの。なになに、女関係?ちがうかぁ」


 何も言えない。モウ帰りたい。でも人じゃないかもしれないけど女の子とお話したい。困る。明日二日酔い、でも今楽しくなってきた。


「・・・ねえ、いつも教えてもらってばかりじゃない、たまにはそういう話きいてあげよっか」


 顎を両手で支えるようにして俺の顔を覗き込んでくる。

 


 あとになって思った。酔っ払っていたからあんな恥ずかしい事をこの歳で言ったんだと。だからこれは酒の席の過ちなのだと。









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