第十二章 嵐のなかで
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十二章 嵐のなかで
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「新入りィ」
野太い声が呼ぶ。
「リアだってば!」
あたしも負けじと声を張り上げた。
海賊って、結構大変だったりする。海軍に見つからないように航行したり、嵐が近いと感じればすぐに準備しなくちゃいけないし。
商業の船を装っては港へとまり、食糧や酒や医療品などを買いにいく。そして衣服や医療品などを買いにいくのが、主なあたしの仕事だった。
力仕事は満足にできない。ただ海をながめておしゃべり相手になることしか、あたしはできてなかった。
それでもみんなは快くあたしを受け入れてくれた。だからできることを、あたしはしたいんだ。
掃除や洗濯や調理だってやりたかったんだけど、すでに役割があるらしい。ふつうはいやがる仕事も彼らは好んでする。掃除や洗濯好きな海賊って、ちょっと変。
海賊って言ったって、悪いことはしてないように見える。宝島を探し、時には他の海賊たちから金目のものを奪うけれど、他に迷惑をかけるようなことはしていないようだ。
「俺たちはただ、スリルを求めてんだ」
カインはいつも誇らしげに言う。それを聞き、他の海賊たちも深く頷く。
「そう。夢と冒険を忘れない、無垢な少年さぁ!」
「前歯の一本足りない少年がな!」
ダリーの言葉に、みんなが一斉に笑った。
彼らはただ、まっすぐに。海みたいな、そんな。
「リア、今日は格別な歌をよろしくたのむぜ」
わくわくする様子を隠しもせず、カインがそう言った。誕生日前夜の子供のように、どこか落ち着きがない。
「ノッポもそう思うだろ?」
「そうそう、今日は酒をたーっぷり出そうぜ!」
手足の異様に長い、ひょろりとした体格のノッポと呼ばれる男も無邪気に笑う。
「なにかあるの?」
「大ー事なことさ、お嬢ちゃん」
林檎をガブリとかじりながら、ダリーが口を横にのばす。かなりはしゃいでいる様子は、よくわかった。
みんな今日は落ち着きがない。というよりは、やたらとうれしそうだ。どうしたのかしら。
「ねぇ、なにがあるのよ」
大きく口を開けて食べようとしているダリーの手から林檎を奪い、あたしは尋ねる。じらされるのは、好きじゃないのよ。
「宝モンが、出ぇてくる日だ!」
ぴょんと跳ねてあたしの手から真っ赤な果実を奪い返すと、ダリーはそう言ってまた笑った。
宝モン?
「船長のことさ」
くっくっと声をたてて笑い、カインはぐしゃぐしゃとあたしの頭をなでる。
「今夜、俺らの船長のお披露目といこうじゃねぇか!」
歓声があがる。熱気が満ちて、みんなうれしそうに笑った。
船長って、どんな人なのかしら。まだ一度も見たことはなかったけれど。
「船長はおれらの夢なんだ」
ドンという、背の小さいずんぐりした男が話しはじめる。懐かしみに沈み、空気は静かなやさしさを含みはじめた。
「……まだ船長が小さなガキのころになぁ。船長はいいとこの坊ちゃんで、俺らはどうしようもねぇ奴らでよぉ。飢え死にし そうだったんで、盗みに入ったんだ」
「そしたら運がよかったのか悪かったのか、その部屋に船長がいたんだ」
カインが頷きながら話を継ぐ。
「捕まるかと思った……そのころの法律じゃ、盗みは死罪……俺たち全員、死ぬはずだったんだ」
「――だけどな、船長が救ってくれたんだ」
しみじみとした空気が流れる。ゆっくりと海に漂う船のうえで、海賊たちはそれぞれの思い出を頭のなかで回想しているようだった。
「そうだなぁ……船長は自分が裕福なことを嫌悪してたな」
じゃり、と林檎を噛み砕いて、ダリーは言う。その目にぱあっとあたたかさが満ちた。
「俺らを見逃してくれたんだ……その場にあった金目のものを、すべて持たせて」
「びっくりしたなぁ。本当に心やさしいお人だ……」
しみじみと、だれかれともなく船長をたたえる。尊敬と信頼が滲出ているようで、あたしも自然に顔がほころんだ。
「俺たちゃ、いつか船長になるのはあの方しかいねぇと考えたんだ!」
「一目見ればわかる……あの方は、広い世界を見るべきだってな」
なんだか――。
ごくりと生唾を呑み込む。変に緊張してしまう身体がいやでたまらない。
――なんだか、幸せに馴染んできている気がする。きっとこのまま、ただ笑って、海賊として生きていく……。
そうしていつか、フィリップ王子に再会できると。
ふるふると頭を振る。なんてばかな。
淡い想いはあとで自分を傷つけるものにしかならない。それくらい、痛いほどわかっているのに。
いつまでも彼の幻影を追い求めることはできない。それではきっと生きていけないから。
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その日の夜にはありったけの酒を樽ごと出し、食べ物も豪華に振る舞われるはずだった。そこで船長のお披露目もされるはずだった。
しかし、不運なことに、昼を過ぎたあたりから雲行が怪しくなりはじめ、夕刻になると、曇天のもと、暗がりが広がり、波は不穏に漂いはじめた。
「やばいな」
カインはすっと目を細めて、ゴロゴロと唸りはじめた空を見上げる。
「……嵐が近い」
風はひゅうひゅうと吹きずさみ、頬を遠慮なくなぶる。そのうち船は大きく前後に揺れはじめ、雨粒が空から降ってきた。
「帆をたためーっ!」
「中央に避難しろ!落とされるぞーっ」
あっという間だった。明かりもなく、強風と高波に震える。まるで船を飲み込まんとするかのように襲いかかってくる。
「このままじゃ……」
「みんなつかまれっ」
いつものやさしかった海が顔を変える。フィリップ王子の瞳の色ではなく、今は黒ずんだ藍色をしていた。
空恐ろしくなり、震える。奥歯を噛みしめ、必死で船の帆柱にしがみついていた。
「やだ」
呑み込もうと――荒海が、真っ黒い腕をさしのばし、船もろとも奈落の底へ引きずり込もうとしているような錯覚。雨なのか涙しぶきなのかわからない粒が頬を激しくうつ。
――怖い。
高波がどっと表情を変えて襲ってくる。その姿に畏怖するしかない。
かなわないのだ。所詮人間など、自然の猛威にはただの屑でしかない。震え、助けてくれと天に祈るしかない。
「うわあああっ」
突然、恐怖にひきつる悲鳴が聞こえた。振り向くと、そこにはなんとか船の縁につかまっているダリーがいた。身体は今にも暗く荒い海に投げ出されそうだ。
風がすさまじい勢いでふぶき、船を揺らす。
バリバリといやな音がして、柱のひとつが崩れてダリーの上に落ちた。
「ダリー!」
視界が悪い。まさか、と最悪の結果を想像し、気が気ではない。
もう、いやなのよ。だれかを失うのは、ごめんなのに。
「あそこだっ!」
カインが大声をあげる。倒れた柱の影で、なんとか無事なダリーの姿が見えた。けれどまだ危ない。今にも海へ落ちてしまいそうな位置にいる。
考えている暇などなかった。ただ身体は反射的に動きを開始する。
邪魔な髪をひとつに結い上げ、腕捲りをして、長い袖を破る。
「ロープ!」
そばにいたノッポに命じて、旗に巻かせていたロープを取らせ、それをあたしは自身の腰に回した。
「な、なにをする気なんだ……」
「助けるのよ」
ロープをかたく結び、キッと眉をつりあげる。
ダリーのいる場所にたどり着くには、倒れた柱が邪魔している。狭く、大柄な人間では易々と通ることはできそうになかった。
あたしが、いかなくちゃ。
「カインっ」
名を呼び、腰に巻きつけたロープの端を彼に投げた。
「それ、あたしの命綱。絶対、放さないでね」
返事も待たず、あたしは駆け出す。揺れる船に構わず、できるだけ速足で。
身軽なのが幸いしたと思う。普通の女の子じゃ、怖くて無理かもしれないけれど、あたしは王子の部屋にいくためにバルコニーをよじ登った人間よ?心はやけに落ち着いていた。
「ダリー!」
海水で滑る腕をなんとかひっつかみ、助け出す。ダリーがカインみたいな大柄な人じゃなくてよかった。あたしだけでもなんとか引き上げられた。
ダリーは額と足に傷を負っていた。血がだらだらと流れていて、思わず顔をしかめる。
「ああ、お嬢ちゃん……」
「よかったわ、無事で――」
ガクン、と大きく船が揺れる。はやくしないと。
彼の怪我ではひとりじゃ歩いていけない。引き上げてもらおう。
腰のロープをほどき、ダリーに回す。迫りくる恐怖を感じ、指先は震えた。
「ダリー、がんばって。このロープを引いて、歩いていける?」
「あ、ああ。でも、お嬢ちゃんは……」
「あたしは大丈夫。ダリーの後ろにつかまっていくから」
ダリーの後ろにのびるロープを示し、安心させるように笑う。すぐにでも、船の安全なところへ行きたかった。
ダリーはこくりと頷くと、歩き出す。怪我した片足を引きずって、すこしずつ進む。
「カインー!引いてぇっ」
よく通る声でよかった、なんて思いながら叫び、ロープの向こう端を持ってくれているであろうカインに呼びかけた。
ロープはぐいぐいと引かれ、進みもはやくなる。
船は揺れる。激しさは先ほどよりずっと増したようだ。
ロープに海水やら雨水やらが染みて、滑り、つかみにくい。爪を食い込ませてつかんでいるが、気を抜けば放してしまいそうだ。
視界も悪く、風もさらに唸りを増し、もはや声すら届きにくくなる。
孤独。海のうえで、たったひとり――そんな錯覚を呼ぶ。
死が、近い。こんなにも。
海は荒れ狂い、いつでもあたしを呑み込んで消してくれる。がっぽりと大きな口をあけ、待っている。
――いやよ。死ぬなんて。
おかしな話だと思う。穏やかな、深い緑の海には身を投げようとさえ思ったのに、荒い黒海にはそんな気持ちはさらさらない。むしろ、あんな海に身を捧げるなんてごめんだ、と思う。
死にたいわけじゃ、なかった。ただ、彼の……フィリップ王子のそばにいたかっただけ。
「あ」
滑った。濡れた床に足をとられ、転倒する。びしゃりと水が跳ね、身体を汚した。
ロープをつかむ手に力を込め、なんとか立ち上がろうとしたそのとき――
「!」
船が大きく揺れた。傾き、転覆するのではないかと思われるほど、大きく。
手は湿ったロープから放れ、身体は宙へ投げ出される。床をごろっと転がり、船に強く身体を打ちつけた。
うっと息がつまる。痛い。
目を開く。雨だ。風だ。波だ。
「どうしよう……」
ぼろりと落ちた言葉。まさに、どうしようもない状態。
とりあえず必死で船の縁につかまるが、なすすべなどないに等しい。
自らロープを放してしまった。なんてばかな。ダリーも気づかなかったようで、気配もない。きっとカインたちに引き上げられてから、あたしがいないことに気づくのだろう。
怖い。ひとりはいやだ。
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「きゃっ」
再び船が大きく揺れる。しばらくたったが、いっこうに海は静まる気配を見せない。
――だれが助けにきてくれるだろう?
頭の片隅で、声がささやく。ぞっとした。
この船の先端とも呼べるところまで、いったいだれが自らの命を顧みずにきてくれるだろう。
あたしがダリーを助けにきたときは、すくなくとも今より波は静かだった。しかし、強風に煽られ、転覆しそうなほど身を振るっている船上で、だれがここまでこれるだろう。
きっと彼らは、あたしを助けたいと思うにちがいない。もしかすれば、自分の命の危険をおかしてでも。
けれど、助けたいと思うことと、実質的に助けられるかはちがう。今の状態では、どう考えたって無理だ。だれもあたしを助けにこれるわけもない。
――悲観しちゃ、だめ。
へばりつく髪をはらい、船にしがみつく。なにがなんでも、振り落とされてなんかやらない。
助けがこないならば、どうにか耐えるしかない。うだうだ悲観したってはじまらない。
大丈夫。あたしには、フィリップ王子がついている……。
そう思うのは、傲慢かしら?
船体がガクン、ガクン、とつづけざまに震える。海はまるで新しい玩具で遊ぶ子供のように、船を揺らしては笑う。
目をあけることもできない。ただ、耐える。
絶対に、振り落とされてなんか、やらないから。絶対に、あたしは――
「えっ」
非力。人間って、本当に無力だ。
決意したその瞬間に、こうもあっさり砕かれてしまうのだもの。たまったもんじゃないわ。
今までにないくらい、荒波が船を襲った。あたしは一瞬のうちに波に呑まれ、引きずられるように海へ落ちていく。
つかまっていたはずの船の本体も見えない。ただ冷たくぞっとする波に引っ張られた。あっというまに。
海が、口を、あけて。
あたしを、喰べる。
呑まれる。
――フィリップさま!
水が弾けた。きらきらと、海水になにかが反射した……そんな気がした。
ぐいっと腰をつかまれ、引っ張られる。冷たい波にではなく、あたたかな、たしかな体温をもった、人の腕に。
だ、れ?
あなたは、だれ?
ここは?
あたしは?
あなたは……?
助けられた。
身体が海に投げ出されるその瞬間、だれかがあたしの腰を抱きしめ、船に引きとどめてくれたのだった。
「人魚姫……」
薄れゆく意識のなかで、その人がなにかささやいた。よく聞こえなかったけれど。
だれ。カイン?ダリー?だれ?
――フィリップ、さま?
意識を手放すまえに、あたしをのぞき込むその人の顔が見えた。瞳は明るい光をはらむ、藍色――緑じゃ、ない。
フィリップさまじゃなかった。
……そう思った瞬間、すべてから力が抜けて、あたしは気を失った。
こんにちは!
なんだか新展開?な予感(爆
はじめは三話完結予定だったのに!!!(汗
もうすこしお付き合い願います〜。。
と、いうことで(どんなことで?)
はじめました、『王国の花名』!
どうでもいいことですが、『王国の花』→『王国の花名』にしました。><
何回も宣伝しちゃってますが(ぉぃ
★この話は、はじめお題小説のために書いていた『王国の花名』というのがあったのですが、長さの都合上、急遽それに出てくるフィリップ王子をお相手役にして書いたものです。
つまり『王国の花名』を十一章くらい書いてから、こちらの『サイレント・プレア』を書いたということです。(つまり、今現在、『王国の花名』は第十一章まで書きだめしております^^)
ちょっといろいろ大変でした(苦笑)
『サイレント・プレア』はもう王国を離れちゃいましたが、『王国の花名』は王国でちょっとがんばってもらいます笑
☆『王国の花名』はフィリップ王子の腹ちがいの兄弟である、第六王子が主に出てきます。(*^^*)
そうですね〜。たしかこの『サイレント・プレア』から六年後の話になります。
そしてもちろん、リアも出てきますよ★たぶん(ぁ
本当はこちらが外伝〜みたいなはずだったので(笑)、この話のつづき感覚で読めるかもしれません(笑
→その前にこちらを完結せねばw
長々と宣伝してすみませんっ。。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
引き続き、『サイレント・プレア』をよろしくお願いします♪