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第十一章 緑の面影




†△▲△▲△▲†




十一章 緑の面影







‡・†・‡・†・‡・†・‡




 大きく、深い、爪痕を残して。






‡・†・‡・†・‡・†・‡



「海賊……?」

 真っ赤な林檎を丸かじりしている、浅黒い肌をした男はニカッと笑った。前歯が一本ない。

「おぉう!俺たちゃ、海賊サマだ」

「へぇ」

 再びどこからともなく取り出した二個目の林檎を頬張りながら、男はさらにつづけた。

「久々に陸にあがってなあ……宝ものを見つけちまったんだよ……見たいかぁい?」

「遠慮しておくわ。興味ないの」

 ばっさりと切り捨て、立ち上がる。じりじり焼けるような太陽が、まぶしい。

 男はちょっと眉を寄せたが、すぐにまたニカッと笑い、むしゃむしゃと林檎にかぶりつきはじめた。見た目だけでは年齢もよくわからない、不思議な男だ。


 あたしはあれから毎日、海にきていた。野宿をしたり、近い宿に泊まったりして日々を過ごす。そろそろ仕事を見つけなくちゃいけないけれど、まったくやる気は起きなかった。

 することといえば、一日中海をながめ、夕刻になれば歌をうたう。ときには夢中になって真夜中まで歌いつづけてしまうこともあった。

 ――海にいれば、彼に逢える気がして。

 そんなの、叶わないってわかってる。無謀だって、知ってる。

 でも、今のあたしにはこれしかないの。彼への想いを海に託して、唄うしかないの。


 そんなわけで、あたしはいつものように、切りたった崖から海をながめようとやってきたところ、先客がいたのだ。

 はじめはぎょっとした。今までこの場所に人なんてこなかったから。亡霊にすら見えた。

「お嬢ちゃんが、セイレーンの正体かい?」

 目があった開口一声に、男はそう言ったのだった。



「いつまでここにいるつもりなのよ。あたし、宝にも海賊にも興味なんてないのに」

「セイレーンのお嬢ちゃんを是非ともうちの仲間に入れたくてねぇ」

「あたし、海賊になる気なんてないわ」

 相変わらず林檎を口に放り込みながら、男は笑う。目は細く、開いているのか閉じているのかもわからない。

「いや、でもなぁ〜。あれは、うん。悲しいような、なんか胸に迫るもんがあるんだ。お嬢ちゃんの歌は、セイレーンの歌だと、ここらじゃ噂になってんだぜ」

 顔をしかめる。まさか、噂だなんて。だれも聞いていないと思っていたのに。

 すこし気まずさを覚え、あたしは誤魔化そうと咳払いをした。

「と、とにかく。いやよ、あたし」

「でもよぉ〜。海に出れば、いろーんな世界が見えるんだぜ?そりゃもう……」

「――ダリー!」

 出し抜けに大きな声がした。振り返ると、ぞろぞろと男たちが走ってやってくる。

 思わずそのむさ苦しさに身を縮めると、それまで林檎にかぶりついていた男は顔をあげ、ニカッと笑って一本足りない歯を見せた。

「お嬢ちゃん、あれが俺の仲間だぁ。海賊だぜ!」

 海賊……これ、が?

 目を丸々とさせて、あたしは彼らに見入った。



「ダリー、どこ行ってたんだよ。今日はもう船を出す日だろ!」

「そうだ!そうだ」

「林檎ばっか買いやがって」

「だがなぁ、カイン。俺ぁ、宝ものにはあの歌がいちばんいいと……」

「セイレーン?」

「そうそう、あの歌は欲しいなぁ」

「それから酒も欲しいぜ!」

 ギャハハと笑いながら、彼らは騒ぎたてる。

 体格のいいカインと呼ばれた男が振り返り、あたしをしげしげと見やった。

「おお、こりゃ美人じゃねぇか」

「ダリーもいいもん見つけたな」

「セイレーンだぜ、このお嬢ちゃんが!」

 そんなに見つめないでほしい。なんだか怒る気力すら失せて、あたしはただあきれていた。



「よっし!みんなそろったし、そろそろ出航するぞぉ!」

 カインの一声で、海賊たちはぞろぞろと歩き出す。やってきたとき同様、去り際も唐突だ。

「ほら、お嬢ちゃん!」

 前歯の一本足りない男――ダリーがニカッと笑いながら、ルビーのように赤い林檎を投げた。それを受け取り、しばらくそれに目を落とす。

「海賊になれば、好きなだけ歌をうたえる。海をながめて、生きていけるんだぜ!」


 ――海をながめて。

 ハッと顔をあげる。なにかが弾けた、そんな気がした。

 海を、ながめて。そうやって生きていけるかしら?

 あなたを海に重ねて、そうやって生きてもいいかしら。いいえ――もしくは、海の真ん中で死んだっていい。人魚姫のように、泡になって。


「行くわ、あたし」

 真っ赤に染まった林檎を握り、あたしはむさ苦しい男衆に向かって駆け出した。








‡・†・‡・†・‡・†・‡



 海賊船には、ひとつだけ開けてはならない部屋があった。固く錠をかけて、何人たりとも入れられない部屋が。

 ダリーはそこには宝ものが眠っていると言ったけれど、ときどきうめき声が聞こえてきたから、きっとなにか怪物にちがいないと――あたしはそう思っている。


 海は青かった。

 甲板に出て、揺れる船に身体を預けながら、その潮風にさらす。船酔いにはすぐに慣れて、みんなからは感心された。


 海は赤かった。

 夕焼け空の下の海は、濃く深い赤。フィリップ王子のマント裏の布と同じ色。


 海は黒い。

 深紫が混じった黒海。星の光を受け、転々と輝いては揺れる。天も海も、深い闇をたたえており、どちらが上か下かわからない。


 ただあたしは、唄う――。








 ――朝……?

 その日はすこしはやめに目が覚めた。ちょうど日が東に顔を出す。まだほのかに暗い。

 そっと足を忍ばせて甲板へ出る。風がそよいでいた。

 まだ目はあかず、眠たげに瞼は垂れてくる。必死でこすり、完全な朝になる前の海をながめようとした。


 ――海にはいろんな顔がある。いろんな世界が見れる。世界は、広い。海に出れば――


 ――フィリップ王子。




「……ここに、いたの……ね……」

 涙が、ぶわっと溢れてきた。栓を失ったかのように、こぼれていく。

 海は、緑だ。

 エメラルドグリーンに輝き、そしてその奥には深みをたたえた、やさしい色があった。まさしく、彼の瞳のような……。

「う、うわああぁあっ」

 声を出して泣く。とめられない。

 フィリップ王子、フィリップ王子、フィリップ王子!!!

 ここにいた。あなたは、ここにいた。ここであたしを待っていた。

 もう、生きたくない。このまま、溺れたい……

 今いくよ。すぐに行くよ。

『ここまでおいで』

 そう言ってくれたよねぇ?


 海が彼の瞳と同じ色に輝く。その深みは甘美な誘惑であたしをいざなう。

 


 ――あなたの瞳に溺れて死にたい……



 手を伸ばす。その緑に向かって。


 今、逝くよ――。











‡・†・‡・†・‡・†・‡



 ……風が、やんだ。

 静かだ。揺れる船に、ゆったりと漂う波。音はない――沈黙。

 ただ沈黙だけが、異様な広がりを見せていた。

 身体が自分のものではないような錯覚がおきる。周りの世界と切り離され、ひとり孤独の殻に閉じ籠っているような。

 ――人間はひとりだ。生まれるときも、生きているときも、死ぬときも。

 だれがあたしをわかるだろう。あたしの本当に気づいてくれるだろう。心はだれにも見えないのに。


 頬に張りついた亜麻色の髪が、そのまま下に垂れる。海に向かって伸ばされたはずの腕は、虚しく空を切った。


 ――あなたのもとに、逝きたいのよ。

 だけどそれは、きっと逃げになる。生きる苦しみから逃げることは、あたしにはできないの。してはだめなこと。だって彼は許しちゃくれない。

 今、海に飛込むのは簡単。そこで息をとめてしまえば、あたしはこの世界から消える。

 けれど、それはしてはいけないこと。ここであたしの人生を終えることは、ちがう気がした。

 彼はきっと、『リア』とあたしの名を呼んで、制止して。キツクしかって、それから抱きしめてくれる。あのやさしいまなざしをこちらに向けて。



 海に身をなげようとしたとき――

『リア』

 背後で、声がしたんだ。びっくりして振り返ってみても、やっぱりだれもいなかったけれど。

 海面をじっと見つめる。奥深くまで、なんて神秘的な色合いなのだろう。

 やさしく、大きな深さをたたえて、海は笑った。


 もうすこし、生きてもいいかしら。あなたの面影を追って、息をしていても。

 フィリップ王子はいつもここにいる。あたしの、胸に。そしてこの、広く大きい海に。


 ねぇ、王子さま。アンタはやっぱりあたしを救ってくれたわ。

 組織のなかで暮らすことは、息をしているとは言えなかったもの。狭く、醜い世界から抜け出すことを教えてくれたのは、アンタだったんだ。

 もうすこし、フィリップ王子のそばにいたい。だから、もうすこし海とともにいさせて。





「おう!お嬢ちゃんなにしてんだい?」

 カインが片手に酒瓶を引っつかみながらやってきた。赤い顔をしている。足元もおぼつかない。

 あたしは何事もなかったかのように彼に目を向ける。気は落ち着いていた。

「おはよう。朝から飲んでるのね」

「まぁっなぁ!」

「どうでもいいけれど、この海賊船の船長さんはどなたかしら。あたしまだ、一度もお目にかかっていないのだけれど」

 ふっと短く息を吐いて言う。大丈夫、あたしは生きていけると、言い聞かせて。

「おお、やっと海賊になる決心がついたか〜!ダリーもよろこぶぜ」

 ケケケッと笑って、彼はぐいっと酒瓶を口に含む。本当に大丈夫かしら、この人は。

 カインはぷはっと息をついてから、ニッと口の角を引き上げてから口を開いた。

「船長さまはなぁ、まだ会えないぜ。ちょっといろいろ事件があってよ、今ぁ顔は見せらんねぇな」

「へぇ」

 そんなに怪しい人なのかしら。海賊としては、お決まりかもしれないな、と思って、心のなかで軽く笑う。

「奴ぁかなりの美形サンだからよぉ……だからほら、うめきの部屋に閉じ込めてんだ」

 ん?と首を傾げる。うめきの部屋って、あの宝物が入っているという、出入り禁止の部屋のことかしら。もしかして、からかわれているのかしら。


 カインは曖昧に笑いながら、また一口酒を飲む。ぐい、ぐい、と。

「いや、もしおまえが船長に恋なんかしちまったら、大変だろ?」

 ――恋なんて。

「……しないわよ。あたし、人魚姫だもの」

「はぁ?」

 にっこりと笑ってやる。

「あたしね、王子さまにしか恋をしないのよ」




 フィリップ王子。あたし、強くなるね。

 この広い世界で、生きていけるように。








なんだか最終話みたいな雰囲気……


こ、ここで終わってもよかっただろうか?むしろ終わったほうがよかった気さえしますorz



でも続き書いちゃっているので……(/--)/

続けて読んでいただければ嬉しいです。



近いうちに、『王国の花』も連載予定なので、そちらも是非(*^ω^*)



それではひきつづき、よろしくお願いします!


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